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天に浮かぶ悪夢

「…………あ?」


俺はしばらく、奴の言っていることが理解できなかった。いや、理解しようとしなかった。頭の中を、よく分からない感情がぐちゃぐちゃに駆け巡り、思考を阻害する。平衡感覚がブレ始め、片足が地面を離れそうになるのを、なんとか踏みとどまった。


「……ハッタリだ。適当なことを言うな」


自分でもびっくりするほどの低い声で、ヴァンに反論する。そうだ、落ち着け。冷静に思考を働かせろ。ルルカには何かあったら呼ぶように言ってある。ましてや、《神鏡の加護》の持ち主だ。あれがある限り、全ての攻撃をカウンターできるんだ。


そんな俺の思考を読んでか、奴は再び、機械のような冷たいトーンで、言った。


『《神鏡の加護》があるから無事なはずだ……貴様はそう言いたいのだろう。だが、魔術の研究者にして、その権威である我輩に、そんな加護など通用しない』


「ふざけるな! 理屈を理解したところで、加護の効能は(くつがえ)せないはずだ!」


熱くなりかけるのをなんとか抑え、ヴァンのハッタリを論破しようと、必死に頭を回す。大丈夫だ、ルルカにいたってそんなことあるはずがない。大丈夫、あの子は絶対に無事なはずなんだ。


だがその論理は、魔術師の研究者による鋭い切り込みによって、うち破られることとなる。


『ああ、確かに効能は覆せない。【自分に向かってくるものを反射する】……。これが加護の効能だ。では…………【自分から身を投じた場合】はどうなる?』


「…………てめぇ……何が言いたいんだ……! おい……っ!!」


今の一言で、俺の脳内で、真相の回路が、繋がりそうになる。俺は、ひどくそれを恐れた。嫌だ、真実になんか気付きたくない。残酷な真実がちらつく頭を、何度も、何度も降り続ける。やめろ、それ以上、何も考えるな。何も言うな……。


『あの者は結界を解除した後、中の様子を見るために結界の先へ、一、二歩踏み入れた』


「やめろ、やめろ……」


『そのような者が入ってきたとしても対応できるように、この城には、細工がしてある』


「やめろっつってんだよ……!!」


『哀れな小娘よ。床下に設置された、奈落への誘いに、()()()()()()()()()()()()それが罠であると理解した頃には、もう遅い。あの者は自身の加護が働かないことに絶望しながら、息絶えたであろう』


「黙れ! 黙れよっ!!!」


ルルカは城の罠にかかった。そしてそれは、誰かから攻撃を受けたわけではない。自ら、設置されたものに()()()()()()()()()()()のだ。神鏡の加護が発動しない可能性として、そのケースをあげることは、ルルカの死がハッタリではないことを主張するには、充分過ぎる材料だった。


『……真実を見ろ、青年よ。哀れな小娘はこうして非業の死を遂げたのだ。それとも、自分の目で確かめたものでなければ信用ならないか?』


「なんだと……?」


息が上気し続ける俺に対して、ヴァンはそう言うと、天井一面に移る、巨大なスクリーンを出現させた。そして、そこに投影されていたのは……。


「……嘘……だろ……ルルカ……?」


まぎれもない、ルルカの惨たらしい死体だった。暗く、闇に囲われた狭い空間に、それは存在していた。腕、腹、首……至るところが、設置されていた剣山によって、貫かれていた。魔道服から滲み出る血が、ゆっくりと、剣山を伝っていく。それが、たった今起きたことであることを明示していた。


そんな、かつての仲間の死体が、天井一面に映し出されている光景に、俺はいつの間にか、武器を落とし、膝をついていた。


初めてあった、善良な転生者。中学生みたいな見た目なのに、自分よりも年上で、でもやっぱり、どこか幼さを見せる女の子。だけど、時々、お姉さんとしての部分もちゃんと見せていて……。少し臆病なとこもあるけど、しっかり前を向いて進む、芯の強い女の子で…………。


失ったものに対する、様々な思いが、脳内を電撃のように駆け抜けていく。あまりに急な別れに、目眩と吐き気が押し寄せる。目を伏せたい。見たくない。そんな思考とは裏腹に、視線と体が、天井の一点を向いたまま、固まっていた。


『不快な真実を目の前にし、壊れてしまったか……。それこそが、我輩が感じた苦しみであり、『思い』だ。圧倒的なまでの絶望に、人は誰しもそうなる。我輩はそのことを愚者に思い知らせるのだ。どうだ……”思い知った“か?』


「……どこにいる」


俺は、すでに、スクリーンから目線を外していた。そして、おもむろに、剣を握っていた。


『なんだ?』


「出てこい! ヴァン! お前だけは絶対に許さないっ!! 出てこい! 出てきやがれクソ野郎ォ!!!」


俺は、怒り狂ったように剣を振るい、ヴァンの名前を叫んだ。斬撃が、壁に、地面に、燭台に、次々と降り注がれていき、そのどれもが、原型を留めないほどまでに、破壊されていく。


剣風に煽られた灯火が、その形を歪め、その明かりが、部屋全体に伝わっていく。その揺らめきが、俺を嘲笑っているように見えて、それを振り払うように、俺はさらに剣を振るった。


『無駄だ、無駄だ青年よ。貴様は小娘の遺体を城の瓦礫の下へと葬り去りたいのか? 死者を愚弄するような行いとは、感心しないな』


「……っ、ヴァン……貴様ぁ……っ!!!」


『どちらにせよ、貴様が今来た扉はもう開かない。悪いが結界を張らせてもらった。その特等席で、世界の終焉を見届けるがいい。安心しろ、貴様は最後に、じっくりと殺してやる』

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