魔術師の始祖
「始祖……!?」
そうか。転生者とはいえ、必ずしも日本人とは限らないんだ……。かつて強者だった存在が、転生してさらに強くなる……。そんなの、物語の世界ならそうめずらしくもない話じゃないか。
『我輩が神々から授かった、究極の魔術……《メテオライト》。それを、実験的に使用したまでだ。まだ、人類に脅威は与えない』
「まだ、だと? あんた、一体何が目的なんだよ……!」
天井に向かって、俺が言い放つ。今の言い回しだと、のちに人類は、そのメテオライトによって滅ぼされるってことか……!? 冗談じゃない、こっちはこの世界の仕組みを知ってようやくこれから、ってところなんだ。「隕石降ってきたからバッドエンドです」とか、映画なら金返せってレベルだぞ……!
『我輩の目的はただ一つ。世界を悲しみと苦しみで満たすこと』
淡々とした声色で、邪悪にまみれた思想を吐露する魔術師。そこに、一切の迷いは感じられない。
「なぜだ! そんなことをすればあんただって……!」
『だから実験的に発動したのだ。ここ一ヶ月ほどの間な。使用時の魔力量、程度の大きさ、扱いの鍛練……。必要なことは、もう全て終えた』
一ヶ月……。ちょうど、ジャックさんが城で赤い光を確認した時期と同じだ。ということは、まだこいつは転生してからそこまで経っていないのか?
「一体、人類になんの恨みがあるってんだ……」
勝手な思想で、この世に破滅をもたらそうとしている奴が、この城内にいる。その思想に至った経緯が、どれだけのものだったのか。奴は俺の問いかけに、しばらく沈黙を通していたが、やがて、その口を開いた。
『かつて、魔術がまだ普及していなかった頃……。我輩は、たった一人、魔術の研究に明け暮れていた。当時の民は、魔術という不可思議な現象を『理解不能』という感覚から忌み嫌い、魔術自体の理論も確立されていなかったため、我輩をただの狂人としてしか扱わなかった』
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我輩は日々、自分を狂人扱いしてきた者たちの嫌がらせを振り払い、研究に研究を重ねた。常人に理解してもらおうなどとは思わなかった。原始の時代から、理知に欠けた者たちは、摩擦による発火の恩恵など考えもせず、摩擦運動を繰り返す仲間を不思議そうに眺めていただけだった。
それは魔術も同じだ。多くの民は、自身の理解の先にある、究極の恩恵を見越すこともなしに、ただ変わりのない日常を送り、それに満足している。だが、我輩は違う。この者たちとは違う次元にいるのだ。
愚者は、暖かさを求めて南へ渡った。対し、我輩は火の機知を得て、その先にある文明の発展へと貢献する側に立つ者。世界が最後に微笑むのは、まぎれもない、我輩なのだ。そして、その返しとして、世界には、魔術師の始祖として【ヴァン・グラネル】の名が刻まれ続ける……。そう思っていた。
だが、愚者は同時に、狡猾さをも持っていた。原始の世とは違う、完全な愚者ではなかったのだ。
我輩の研究が、ある程度の理論を構築し始め、幾度か実験を成功させた時だった。その成果を携えて王都に向かう途中、我輩の邪魔をし続けた、愚かな民の一人が、その内容を奪い去った。
まぁいい。どうせ理解できまい。あの資料を王都に持ち寄ったところで、紙切れを片手にどう説明するというのだ。猿に板と棒を与えても、発火は不可能。そのような猿どもの邪魔が入らぬうちに、また資料を持ち寄る機会をうかがえばいい……。そう考えていた。
しかし、現実は違った。猿だと思っていた連中の中に、少なからず理解のある者がいたのだ。その者は、愚者に紛れて魔術を否定する道化を演じ続けていたに過ぎなかった。そして、研究が完成すると、それを好機とし、横から奪い去る……。全ては、自身の功績へとすり替えるために。
我輩が、自身が本当の愚者であると気付いたのはその時だった。どれだけ知能が冴えようが、それを利用する狡猾さの前では、滑稽な傀儡人形だ。魔術に明け暮れていたゆえ、人間の心理に乏しかった我輩は、その程度の危機予知もできていなかった。
結局、我輩の功績は、道化を演じきった傀儡師に奪われた。その者が文明の最先端で活躍する中、我輩はただの後追いとしてしか扱われなかった。王都にて、我輩は研究に対する抗議を掲げたが、元々狂人扱いされていたことも相まって、周囲の人間は我輩への批判を強めた。
結果、我輩は地下牢獄へ幽閉され、晩年はそこで過ごすこととなった。最期の時に、吐血した際の血液で、恨み辛みを牢獄の壁に書き連ねてな……。
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『だが、神々は決して我輩を見放さなかった。こうして、強力な魔術を与え、再び地上へと降り立たせたのだ。この意味が分かるか? この力を持って、我輩の功績を我が物顔で利用する愚民どもに、断罪の光を与えんとするためだ』
本来、始祖であるはずだった魔術師……ヴァンは、最後には現代の魔術師への恨みを含んで、語りを締めた。
「あんたのその力は、人類の本当の脅威……『魔王』を討つために与えられた力だ。あんた自身が脅威になるための力なんかじゃない! 魔術を構築した始祖なら、いまこそ、その力を人類のために使うべきだろ!」
『ああ……そうだな。だが、世界は我輩を始祖として認めていない。この事実が、我輩にどれだけの屈辱を与え続けたか分かるか? 貴様の言い分は、理解できる、が、納得できない……。いや、納得『できなくなってしまった』のだよ。かつて研究中の我輩なら、まだその余地はあっただろうに。このような事態を招いたのは他でもない、我輩を復讐の鬼へと変貌させた、愚者の責任だ。ゆえに、甘んじて、破滅の運命を受け入れるがいい』
俺は、もう迷う必要はないと思った。ここで、奴の陰謀を食い止め、奴自身も倒す。確かに、奴の過去は悲惨なものだった。だが、それを持ってして、なぜ現代の人類が滅ぼされなくてはならないのだ。壮絶な運命による、飛躍した復讐心……。今の俺には、そうとしか思えなかった。
「分かった。これ以上は話していても無駄なようだな。あんたを見つけて、神々の元へ送り返してやる。おそらく、結界が張られた壁の向こうに、あんたはいるんだろ? 生憎、うちの優秀な魔術師が、今その結界を……」
そこまで話した時、ヴァンは言った。
『ああ、その小娘なら、もう死亡した』




