タキシードの男
「は?」
俺の口から、つい疑問符が出る。
転生者もまた、いつから立っていたんだ、と、言わんばかりに、タキシードの男を凝視した。すでに俺の髪を掴む手は緩み、俺は、その場に崩れるように倒れた。
シスターは異常な光景にあっけを取られつつも、倒れゆく俺をとっさに抱え、ゆっくりと、横たわらせた。そして、俺のすぐ横に座り込み、治癒魔法をかけ始める。だが、その間も、シスターは怯えるように、タキシードの男を、訝しげに見ていた。
「いや、だからそこのお嬢さんが助けてほしそうだったので。じゃ、助けちゃおうかなぁ私、みたいな」
そういうと、男は髪を横に流した。前髪がやけに長く、片目を覆い被さっている。だが、乱れてはおらず、むしろ光沢を放った綺麗な髪質をしていた。黒と紫のグラデーションのような色合いが、余計に妖しい輝きを生み出している。
と、男の観察をしていると、男はおもむろに何かを取り出した。見た限り、袋のような形状をしている。いや、というより…………だいぶ見覚えがあるような……。
「まぁとりあえず食べますか? 美味しいですよ、コンソメパンチ」
ポテチだ。
俺が生きてた頃の、ポピュラーなお菓子。
ポテチだ。
ポテチだ?
「ポテチだっーー!!?!?!?」
俺があまりにも大きな声で叫ぶので、シスターの治癒魔法が一瞬途絶えた。「安静に……!」と、小声で囁くと、今起きている不可解な現象を注視しながら、シスターは治癒を再開した。
いや、だって、え?
なんでこの男は呑気に『ポテチ』を食べているのだろう。周囲の凄惨さが見えていないのか?
というよりポテチ持ちってことは、まさか……。
「あ~あ、お前転生者かよ。鬱陶しいな」
俺と同じことを考えていたのか、転生者はそう言った。現代日本のお菓子『ポテチ』を、ましてやパッケージがカ◯ビーのポテチを、この世界の人間が持っているはずがない。となると、この男は転生者である可能性が高「転生者じゃないですよー。ポリポリ」
人が考えている最中に半ば強引に入ってくるな。あとポリポリするな。空気を読め。
「かといって、この世界の人間でもないんですけど。ポリポリ」
鬱陶しい咀嚼音と共に、男が訳の分からない説明をする。その様子をじっと見ていたシスターは、「美味しそう……」とポツリと呟き、男が手に持っている袋をまじまじと……シスター?
男はシスターの視線に気付いたのか、狐のような笑みを浮かべると、転生者を放置してシスターのもとへ歩み寄り、その場にかかんだ。
「コンソメパンチです。おひとつどうぞ。あ、うすしお派だったらごめんなさい」
そう言いながら、袋からポテチを一枚取り出すと、シスターに手渡した。
「興醒めだわ、死ねよお前」
転生者はだるそうに頭を掻きながら、男に指を向けた。その動作を見るやいなや、慌てて俺は「逃げろっ!」と叫んだ。シスターは絶望に満ちた表情のまま、口を押さえ、何もできないでいる。
頼む、逃げてくれ。
もう、誰にも死んでほしくない。
だがそんな願いも届かず。転生者は、村人たちを殺害したあの光を、背を向けたままの男に向かって放った。
ヒュン、と空を切るような音と共に、殺人光線が一直線に、男の方へと伸びた。
「あー、今取り込み中なんでちょっと待ってて下さい」
男はそういうと、自身の後頭部に飛んできたそれを、一回も見ずに、後ろ手で払った。まるでハエでも叩くかのように、ペチっとレーザーをはたくと、そのままレーザーは軌道を変えて、遠くの空へ消えていった。