もう一人の転生者
「え……」
ルルカが絶句する。この子も、転生者に関してはあまりいい思いをしてこなかった。当然、このような反応にもなるだろう。
「そいつは人を消す能力を持っていた。その能力で、気に食わない奴はおろか、関係のない人たちまでも消した。俺は無我夢中でエクスカリバーを投げ、やつを倒した」
「じゃあ……もういないのね」
「ああ……。だが、消えてしまった人たちはもう、戻ってこない。俺は、虚無感だけが残る広場で、残された人たちが出し続ける悲痛な訴えに耐えきれず、その町を出たんだ」
いまだ、耳に残っている、あの叫び、懇願、発狂の数々。元凶も倒され、後に残ったのは喪失感と、誰に向ければいいか分からない怒りだけ……。そのもどかしく、煮え切らない思いが、あの場所には広がっていた。
「この町にもう一度行きたいんだ。何かできるわけじゃないけど……」
「なんかモヤモヤするんでしょ? いいわよ、着いてってあげる」
ルルカが満面の笑みで、親指を立ててこちらに向ける。やはり根は優しいお姉さんだ。何度も殺されかけたけど。
と、その時だった。
「おや、ルルカ。 久しぶりだね」
ふと、爽やかな男性の声が聞こえた。声の主の方へと、ルルカが振り向く。
「あ、久しぶり!」
そこには、白のワイシャツにネクタイの、清潔感溢れるイケメンの青年が立っていた。髪は青白く、くせっ毛なのか、ふわっとしている。その上長身で、その辺の男性モデルにも劣らない、見事な容姿をしていた。
「隣にいるのは、新しい転生者の方かな?」
その青年が、興味深そうに俺の方を見る。この言い回しだと、彼も転生者なのだろうか。
「そうなのよ。ね、コータ?」
「ああ。俺は碓氷 幸太。もしかして、あんたも転生者なのか?」
俺の問いに、彼は少しだけ口角を上げると。
「そうだよ。内海 零というんだ。とはいえ、君たちのようなチートは与えられていないけどね」
そう言って、彼はわざとらしく、おどけて見せた。転生者なのにチートが与えられていない……。そんなこともあるのか。でもまぁ、転生者だからって必ずチートを授けてもらえる、なんてわけでもないか。
「そうなの。レイは王都近くの村に住んでいて、ときどき、こうして王都に訪れるらしいわ。私がZウォールを張る前から、王都には出入りしてたみたい」
「そうなのか」
俺は、新たに現れた転生者を見ながら、返事した。この内海 零という青年にはチート能力がない。その状態であちこち歩いていたりすれば、すぐにモンスターか転生者の餌食だ。ってことは、最初から王都近くの村とやらに転生したのか。……というより、そんな村あっただろうか。
「おや、どうやら君たちはクエストを選んでいる最中だったみたいだね。邪魔しちゃ悪いから、僕はここで失礼するよ」
そう言って、踵を返すと、
「転生者には、気を付けてね」
そう言って、レイは去っていった。ルルカが「じゃ、行こっか」と言うのに対し、俺は生返事で答えながら、彼の去り姿を目で追っていた。俺には、なんとなく気になった点が一つだけあった。なぜ、彼はチート能力もないのに、ここにいたのだろう……?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうして、『ファスター』のクエストを受けた俺たちは、馬車で目的地へと向かった。廃城の件も気になるが、町はあれ以来、無事だったのだろうか……。
と、いった心配は杞憂となった。町は相変わらず賑やかで、かつて、転生者に襲われた町とは思えないほど、その雰囲気は明るいものだった。俺たちは、依頼主がファスターに住んでいるということもあり、早速、挨拶がてら、情報収集も兼ねて、その依頼主の家へと向かった。
たどり着いてみると、そこには大きな屋敷があった。広大な庭に、その清掃に駆け回るメイドたち……。一発で、良家の人間の家と分かる光景だった。
「すいませーん、クエストを受けたものですがー!」
ルルカがいきなり、大声でかます。相手が良い身分だとか関係ない、このストレートっぷりにはむしろ尊敬の念すら覚える。
ルルカの声に気付いたメイドの一人が、門を開け、俺たちを主の場所へと誘導した。その間、ルルカが下手に高級そうなものをペタペタと触るので、それを阻止するのに手を焼いた。
「こちらが、旦那様の部屋となっております」
メイドはそう言うと、ノックをし、入室の許可を伺った。すると、部屋の中から、か細く、消え入りそうな声で「どうぞ」と、了承する声が聞こえた。それを聞き、メイドが扉を静かに開ける。それに合わせ、俺たちは入室した。
そこには、まるでミイラかと見紛うほどの、ひどく痩せ細った男が、椅子に座っていた。男が、メイドにお礼を言うと、メイドはペコリ、と、頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。
「遠くからわざわざありがとうございます。私はここの主の【ジャック・ルーカス】と申します」
ジャックさんが俺たちに頭を下げるのと同時に、俺たちも慌てて頭を下げ、順次、自己紹介を済ませた。
「それで、廃城から謎の光が漏れている、とのことでしたが……」
俺は早速、本題に入った。ジャックさんは、うつ向いたまま、「ええ……」と絞り出すと、事のあらましを説明した。
「一ヶ月ほど前でしょうか。私は屋敷のバルコニーで、紅茶を飲んでいました。空も澄み渡っており、遠くが見渡せるほど、視界は良好でした。そこで、何の気なしに、ふと、廃城の方へ視線を移すと……」
ジャックさんはそこで、腕を擦り始めた。何か、その光にトラウマでもあるのだろうか。
「赤い色の光が、城の窓という窓から溢れていたのです。私は目を疑いました。……ですが、このくらいでは依頼を申し込むほどでもありません。ただ、私は……。私は、婚約者を失っていて……」
そこまで聞いた途端、俺は目を大きく見開いた。俺の動揺を察したルルカが、隣で心配そうに見つめているのが分かった。俺は、口の中から水分が失われていくのを感じながら、震える声で、ジャックさんに聞いた。
「もしかして、その婚約者の名前は……【リリィ】さん、ですか?」
その問いに、ジャックさんが驚いた表情のまま、立ち上がる。
「あなたは……まさか……あの日、あの禍禍しい能力の使い手を倒した……!」
「はい……。あの時、俺がもっと早く駆けつけていれば、こんなことには……。本当に、申し訳ないです」
深々と頭を下げる俺に、ジャックさんが「頭をあげてください」と言う。
「コータさんがいなければ、私と同じような思いをする者が、もっと多くいました。コータさんには感謝の気持ちしかありません」
俺は、自分が守れなかった人に感謝された事実に、涙が溢れてきていた。この人だって、この一年間、とても辛かったに違いない。怒りをぶつける相手さえもいなくなった今、それを俺にぶつけてきたとしても、あの場から逃げた俺には、それを覚悟して受け止める義務がある、と思っていた。
「私は……婚約者を失い、失意の底にいました。ですが、同時に、このようなことが二度と起きてほしくないとも思いました。そこに、あの廃城の光が目に映り……。情けないですが、私はひどい恐怖を覚えました。また、あの日のようなことが起こるかもしれない……。考えすぎなのは分かっています。それでも、いてもたってもいられなくなって……」
ジャックさんはそこで一旦止まると、申し訳なさそうにこちらを見て、俯き加減に言った。
「……すいません。迷惑、でしたよね」
「そんなことないですっ!」
自嘲するジャックさんに、今まで聞いたことないほどの真剣な声色でそう言い放ったのは、他でもない、ルルカだった。




