夜が訪れる前
「な、なんでお前……女になってんの?」
「私に性別はありませんが」
「そーじゃなくって! なんで女に寄せてんだって聞いてんの!」
俺の質問に、やれやれ、といった顔をすると、脚を組み始めた。白く、しなやかな脚に、赤いサンダルがよく映える。うわぁ綺麗やなぁ……いかん、こいつはゼノンなんだ。
「ノアさんとプチクエストをクリアしてる最中に気付いたのですよ。町の女性の、特に美貌をお持ちの方々が、いろんな商店から優遇されているのを」
「見ていてください」と言って、食べ物を俺に預けると、近くの八百屋へ向かった。ゼノンがそこに近づいていき、商品を眺め始める。店のおじさんは「へいらっしゃ!」まで言うと、急に現れた美人に驚いたのか、「……ぃ」と、語尾がかすれかすれになっていた。
「すいません……このフルーツ、ひとついただけますか……?」
髪を耳にかけ、上目遣いで聞くゼノン。その様子におじさんは、
「……ぁ、ああ! それかい? いいよ、サービスだ! タダでいいよ! なんならあともう十個ぐらいいるかい!?」
と、めちゃくちゃなことを言いはじめる。ゼノンは満足がいったのか、控えめな笑みを浮かべると、透き通った声で言った。
「ありがとうございます……」
「「ありがとうございます……」じゃねえよ!」
俺は慌てて二人のやりとりを止めた。おじさんがポカンとする中、俺は、預かっていたソフトクリーム的な食べ物をゼノンに返すと、クエストクリアで余った報酬をポケットから出し、代金を渡した。
「いやなんかほんとすいません! ちゃんと払いますんで!」
「い、いや……別にタダでも構わな」
「払・い・ま・す・ん・で!」
「お、おぅ、毎度あり」
そう言って、おじさんに代金を手渡すと、無理やりゼノンを引っ張って、さっきの店まで連れていった。
「お前なぁ……」
「フルーツ、ありがとうございます」
「あ、うん。……じゃなくてだな!」
再び俺が口を開こうとしたとき、ルルカが言った。
「早くお店にお金渡して、エクスカリバー取り返してきたら?」
「……そうだな」
結局、ゼノンを咎めることはなく、俺はそのまま、お店にエターナルドリンク代を払い、エクスカリバーを取り戻した。この店には二度と来ねぇ。
「コータ君、お疲れ様でした。フルーツは君が買ったものですので、差し上げます」
そう言うと、ゼノンはフルーツを渡してきた。てかフルーツフルーツ言ってるがこれフルーツなのか……? 一言で言うと、しましま模様のみかんなんだが? ぶっちゃけ全くおいしそうに見えないんだが?
「あー、私もそれ食べたい! お腹すいてきちゃったし」
ルルカが「半分こ、半分こ」とせがむ。辺りを見回すと、いつの間にか夕焼け空になっており、俺たちがいる城下町が、鮮やかなオレンジ色へと染まっていった。
「分かった分かった、半分こな」
「やったー」
子供のようにはしゃぐ『先輩』。これで高校卒業してる年齢なんだから、すげえよなぁ。世界は広いなぁ。そんなことを思っていると、突然、ルルカの服の裾を引っ張る、小さな影が見えた。
「お姉ちゃん、お腹空いてるの? じゃあクッキーはいかが? 一枚80ゼニスですっ」
その影は、どこかで聞いたような声で、食べ物を勧めた。西日のせいでよく見えないが、小さくツインテにし、三角頭巾を被ったその姿は、俺の記憶で該当するのが、一人いた。……いやまさかな。
ルルカが「ん~?」と言いながら、子供の目線の高さまでかがむ。
「お姉ちゃんがお腹空いてるの、よく分かったわねー。じゃ、おひとつ頂こうかしら」
そう言って、にっこりと微笑んだ。今までの対応からは想像できないお姉さんっぷり。やっぱ、なんだかんだ先輩なんだな……。さて、問題はこの売り子の方だが……。
「毎度ありー。じゃ、はいこれ」
売り子は、カゴからクッキーを一枚取り出すと、ルルカに渡した。それにならい、ルルカも80ゼニスを渡す。
「それは、食べると元気になれる『ポーラのクッキー』です! 食べたくなったらまたどうぞ!」
「やっぱりポーラじゃねーか!」
俺は思わずそこで叫んだ。ポーラが「ん……?」と言いながら、手を目上に当て、西日の眩しさを遮り、こちらを観察する。そして、合点がいったのか、今まさにクッキーを頬張ろうとしているルルカにカゴを押し渡すと、こっちに駆けつけてきた。
「コータお兄ちゃん!」
わりとヘビーな勢いで、俺のみぞおち辺りにダイブしてくる。俺は小さく「ぐぇ」となりながらも、そっとポーラを床に着地させ、聞いた。
「ポーラ、なんでお前がここにいるんだ?」
「んー? それはねー」
そう言いながら、ポーラはゼノンの方を指差した。だろうな。
「あの人が井戸を王都にしたの!」
「ちょっと待って何言ってるか分かんない」
井戸が王都ってなんだ。そんな風に思ってると、続けてポニーテールの女性が、こちらに駆けてくるのが見えた。ソフィアだ。
「ポーラ! 一人で行ったら迷子になっちゃ……って、コータさん?」
「ソフィアまで……」
俺が間抜けな顔をする中、ゼノンがミステリアスな笑みを浮かべながら、事の全容を語った。
「コータ君が寂しい思いをするだろうから、姉妹の家の井戸と王都を繋げてみました。お二人とも、王都には興味があったみたいだったので、快諾してくださいました」
「なら馬車移動いらなかったしコンダクターとも戦わずに済んだよね!?」
「それでは面白くないです。それに何より……」
ゼノンはどこからか、いきなり、元いた世界の発明品『ラジカセ』を取り出すと、再生ボタンを押しだした。ノイズ交じりの音声が、ラジカセから、俺たち全員に聞こえるように流れ出した。
『伝えれば、余計に寂しくなるからな……』(イケボ)
「うおおおおおおおおおおおおっ……!!!」
俺はそこで床を転がり回った。女子たち全員が、共感性羞恥からか、顔を赤らめて下を向いている。
「そう! その反応が見たかったのですよ!」
ゼノンが腹を抱えてゲラゲラと笑い始めた。もはやそこに『品のあるミステリアスな美人』の面影はない。
「これはなかなか……恥ずかしいわね……」
「やめろ! ちょっとカッコつけちゃったのは認めるけど!」
「よ、よかったね、お兄ちゃん。これからは、私たちと会えるよ、うん」
「ぐっ……! 幼女のフォローは一番刺さるぞっ……!」
「「伝えれば、余計に寂しくなるからな……」(イケボ)ぷっ……エクスカリバー(笑)よりひどいですねこれは……ぷくくっ」
「お前いつか覚えてろよ?」
俺がゼノンに噛みつく中、面白おかしく笑い転げる、他のみんな。賑やかな空間とは裏腹に、王都を差す夕日が、ゆっくりと、その身を沈めていく。この時はまだ、これから起こる不穏な事態のことなど、知る由もなかった。




