ゼノンの強さ
「あー、ルルカ先輩! また落ち込まないでください!」
「やめてっ! 今さら先輩扱いされると、それはそれで辛いからっ」
ルルカは頭を抱えて唸った。先ほど、自分の自身作を、人差し指で破壊されたばかりなのだ。それは同時に、ルルカのハートをも破壊したことになる。半年かけて築き上げてきたのは、なによりも、その自尊心だったはずなのに。
「元はと言えばあんた! あんたが私の尊厳を奪ったのよ!」
ゼノンの方を指差しながら、ルルカが「名を名乗れー!」と、猫が威嚇する時のような姿勢で言う。そんなことはお構い無しに、またどっから出したのか分からんチェスで、ノアにチェスのルールを教えていたゼノンは、チェスの駒である『クイーン』を摘まみながら言った。
「私はゼノン。ただこの世界に遊びにきただけの、高次元の悪魔寄りの何か、です。これ以上説明すると、皆さんの頭がバグるので、あしからず」
「はぁ? 何よそれ。そんなことより、なんであの壁を破ることが出来たのよ。何度も言ってるけど、物理無効で、吸収するし、カウンター付きよ? それに絶対に攻撃が当ーたーらーなーいーの! 分かる?」
「分かりません。現に壊せましたし」
「むきーっ! そんな非合理な説明じゃ納得いかないわ! ねぇどんな裏技使ったの? なんか筋の通った理屈があるんでしょ!?」
ルルカが、今にも掴みかかりそうな勢いで、ゼノンに顔を近付ける。ゼノンは呑気に「困りましたねぇ……」と、頬杖を付きながらクイーンを眺めている。ピリピリした空気が漂う中で、ノアが「次ゼノン様の番……」と呟くのが聞こえた。
「えーと、じゃあちょっと待っててください」
ゼノンはそう言うと、クイーンをチェス盤に戻し、そのチェス盤を、俺とがルルカが座っている方へ寄越した。そして、頬杖を付いた状態のまま、俺たち転生者にいい放つ。
「ルルカさんの駒は三倍、コータ君は1ターンに五回まで動かしていいですよ」
その唐突すぎる提案に、俺とルルカが困惑する。
「は? なんだその反則級の条件は?」
「そうよ。そんなのズルすぎるわ。まるで勝負にならない」
そう抗議すると、ゼノンは鼻で笑いながら、
「そう、まさに反則級。ですが、逆に言えば君たちなどその程度です」
狐のような笑みを浮かべ、そう言った。そして、おもむろに立ちあがり、テーブルの上へひょいっ、と乗ると。
「私のやっていることは、こうです」
次の瞬間、チェス盤を蹴っ飛ばした。ガシャン、と、周りの喧騒に負けないくらいの音が、店内に鳴り響く。盤上の駒が、床へ放り出され、落ちた衝撃でパキ、パキンと、次々に折れていき……一瞬にして、駒たちは、見るも無惨な姿となった。ノアがぽつりと「あぁ……」と悲しそうに呟いた。チェス楽しかったのかな?
周囲の客が「なんだなんだ!」と、俺たちの方を見る。だが、すでにそこには、チェスの散らばった跡はなく、ゼノンも、いつの間にか席に着いていた。客たちがポカン、としながら、再び自分たちの自慢話に花を咲かせる中、いまだ、俺とルルカはア然としたままだった。
「ご理解いただけましたね?」
そう言い、指をパチン、と鳴らすと、再びテーブルの上にチェス盤が現れた。再開できるのを心待ちにしていたノアが、小さくガッツポーズする。
しばらくして、ポカン状態から帰ってきたルルカが、ようやく口を開いた。
「そんなの……そんなのおかしい。何よそのめちゃくちゃな設定は! ちゃんと理屈があって、それに基づいて能力の戦いがあるんじゃない! だから相性だとか、どっちが強いとかがあるんであって……!」
「あー、いるんですよねーそういう設定厨が! ◯◯が効かないのはおかしい! とか、××があるのになぜ防げないの? とか! そんなの知りませんよ! いいですか、よく聞いて下さいね?」
そう言い、ゼノンは、人差し指を口元に当て、店の喧騒の中であるにもかかわらず、ハッキリと耳に届く声で言った。
「『合理性』など、人類が考えたひとつの納得の在り方でしかありません。そんなもので、この私を推し量れるわけないじゃないですか」
それだけ言い、再びノアとのチェスに興じ始めた。いまだ納得の言っていない様子のルルカが、「やっぱおかしいよね……?」と、俺に耳打ちする。耳がこそばゆくなるのを感じながら、
「あいつはそういうやつなんだよ」
とだけ言った。俺だって納得したわけじゃない。だが、今までの奴のデタラメっぷりを見るに、そもそも『納得できない存在』なのだろう、と、半ば諦めていた。
その直後、頼んでいたエターナルドリンクが到着した。再びチェス盤を消すゼノンに、再び「あぁ……」と言うノア。チェスがよっぽど楽しかったのだろうか。
「ま、とりあえず……Zウォール無くなっちゃったけど……かんぱ~い!」
半ばやけくそ気味にルルカがコップを上げた。それにならい、俺たちもコップを上げる。四人のコップがぶつかり合い、軽やかな音を出した。そしてルルカはエターナルドリンクをイッキ飲みした。
「ぷはぁ~! うんまぁい! ノア、これめっちゃうまくない!?」
ルルカとは反対に、ちびちびと飲むノア。そのノアも、うんうんと頷くと「おいし~」と、笑顔で発した。そんなにうまいのかエターナルドリンク。そう思いながら、俺も一口飲んでみる。
「……うっわ、うますぎだろこれ」
信じられないほどうまい。味はうまく表現できないのだが、雑に言うと、CCレ◯ンとか◯プシコーラとかファ◯タとかを混ぜて黄金比を叩き出したらこんな感じになりそう……みたいな味だった。
だが、このエターナルドリンクに以外な反応を示すのが一人。
「…う”……ぅ……ぐふ、げほっげほっ。……ふふ、た、確かに美味しい……です、ね」
ひきつった顔でエターナルドリンクを飲むゼノン。飄々とし、今まで一切焦ることのなかった最強悪魔に、たったひとつのドリンクが、強烈な一撃をお見舞いした瞬間だった。




