冒険の始まり
「そこで、とりあえず、調査結果を報告しに行きたいのもあり、王都に帰還したいのです」
ダメ、でしょうか……と、続けた彼女の上目遣いに、少しだけドキッとしてしまった。小首を傾げ、それに伴って、綺麗な金色の髪が、肩を滑り落ちる。さらん、と、空中に放り出された彼女の髪と、端整な顔立ちを交互に見ながら、
「い、いや、ぜんぜんだいじょ」
「うわぁ、ノアさんが可愛すぎてコータ君がフリーズしてますよ! なんて童貞くさい反応! よっ、【フリーズ童貞】! なぁんちってあ、待っていたいたいたい髪を引っ張らないで!」
「レーザー身体中に浴びて無事だったお前に痛覚があるわけねえだろ! 人が真面目な話してるときに茶化しやがって!」
へらへらと、茶々を入れるゼノンの髪を引っ張っていた。だが引っ張った方のゼノンは偽物だったらしく、パチン、と弾けていなくなった。
「まったく、コータ君は恩人への扱いがなってませんねぇ。私の『ゼノンJr.』が消えてしまったじゃないですか。ま、それはともかくとして……」
ゼノンJr.ってなんだ。というツッコミを差し置いて、ゼノンは、
「じゃあ。出発しましょうか。ほら、ちょうどあそこに馬車も止まってるようですし」
そう言って、いつの間にか、宿屋のすぐ前に止まっていた謎の馬車を指差した。立派な白い馬が二匹と、カボチャの形をした車体。シ◯デレラかな?
「よろしいのですか?」と、ゼノンに迫るノア。ゼノンは首を縦に降ると、こっちに「いいよな?」と目配せしてきた。それに合わせて、ノアの視線がこちらへと移る。
俺は、さっき言いそびれた「大丈夫だよ」をノアに返すと、飲みかけだった紅茶を胃に流し込み、宿屋の扉を開けた。
「じゃ、行くか」
「ポーラさんとソフィアさんに別れの挨拶はしなくてよいのですか?」
ゼノンがわざとらしくハンカチを取り出し、目元を押さえる。いちいち演技臭いやつだなぁ……と、思いつつも、俺は「ああ」と答えた。
「伝えれば、余計に寂しくなるからな……。ただ」
俺は、そこで言葉を詰まらせ、うつむいてしまった。あの子たちの笑顔を、もう失いたくない。けれど、いつか、この村を、別の転生者が襲うかも知れない。そういった不安要素が、俺の中でいまだ、煮えきらないでいた。
「ただ……なんですか? あ、もしかして村のこと心配してます? それならご安心を。転生者エンカウント率0%にしときましたから。こうでもしないと、君、村を出ないんじゃないかと思いまして。それだと面白くないですし」
こいつはまた平然とめちゃくちゃなことを! カボチャの馬車までは「まぁこいつならやりかねないな……」で済ませてやってたのに! ちょっとメランコリックになってた俺を返せや! でもありがとね!
まぁ、これでとりあえずは、安心して村を出られるわけだ。なら、それに越したことはないか。俺は「お、おう」と、ドキマギした返事をすると……。
「よし、出発だ!」
馬車に勢いよく乗り込んでいったのだった。
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馬車に揺られながら、俺は外の景色を眺めていた。現在、馬車は森の中を駆け抜けている。大きく伸びた木々が、次々と横に流れていく。外から流入する、心地よい風と、心地よいリズムの、蹄の音。そして心地よいスナック菓子のそしゃくお
「ゼノン……。悪いんだけど、雰囲気ぶっ壊れるからやめてくれない?」
マイペースにハ◯ピーターンを食べるゼノンに、俺は言った。ゼノンは「はて?」ととぼけた顔をすると、「お前も食う?」みたいな感じでハッピー◯ーン差し出してきた。いやいらねえよ。修学旅行中のバスか。てかお前日本のお菓子好き過ぎだろ。
その横で、不思議そうにお菓子を見つめるノア。ポテチの時もそうだったが、この子にとって、日本のお菓子は珍しく見えるのだろう。好奇心を全面に出して、一点を見つめるその姿は、どことなく、猫に見えなくもない。
問答無用で、まだお菓子を頬張り続けるゼノンに、半ば呆れながら、「まぁいいか」と、俺は再び、外の景色に視線を戻した。ノアの「一枚、いいですか……?」と訊ねる声が聞こえる。やっぱ食べたくなっちゃったんだね。
俺が横目で、菓子を頬張るノアを見る。うわぁめっちゃ幸せそう。ハッピータ◯ンの名に恥じない幸福感出してますわ。口元押さえながら嬉しそうに「…………おいし……」って言うのやめて。俺もハッ◯ーターンしそう。
……と、ほんの幸福な時間もつかの間だった。突如、馬車が急ブレーキをかけて止まったのだ。外で何かあったに違いない。不穏な空気を感じつつも、俺は警戒しながら、馬車を降りた。




