埋め尽くす黒に
「なんだと……?」
俺がアペルデゼスを見据えながら、しっかりとエクスカリバーを構えると、やつは言った。
「お前が我と最初に戦ったときも、そうやって立ち上がってきた。あの時お前は瀕死の状態で、周りの仲間も虫の息だったにも関わらず、だ」
アペルデゼスの含み笑いが、徐々に不快感を示す顔つきへと変わっていく。
「そのお前の剣が、『約束された勝利』をつかむために力を発動したのか、あるいは『幸運』の転生者の力が働いたか……。あの絶望的な状況で、我がいたにも関わらず、《クロノスの加護》が発動した。一年もの時を遡るほどに、強力にな」
「そうか、イスケの加護が……」
死ぬ前の時間軸へと移る、イスケが神から授かった加護。それが、ループの原因だったのか……。
今思えば、おそらくあいつも、『禍気』によって、あの状態になってしまったのだろう。俺はその事実に、唇を噛んだ。
「……だが、ループした世界でも、その干渉を受けないものはいた。もともと、この世界にはいないはずの人間や、この世界から外れた神の存在……そして、我だ」
アペルデゼスは、そこで再び口角を上げると。
「おかげさまで、再び転生してきた者の何人かを悪に染めることができた。我の力の源は『絶望』だからな。礼を言うぞ、転生者よ。繰り返された期間で、我はさらに強大な力を得ることができた」
「てことは、やっぱり、お前が……!」
イスケ、ユート、レイはもちろん、他の転生者に悪意を埋め込み、ただでさえ絶望的なこの世界に、さらなる暗い影を落とした、諸悪の根源は。
「いかにも。我こそが、この絶望世界を造りし者にして、遥かなる悠久の時を渡ってきた、あらゆる神を超越せし存在……。絶望の神、アペルデゼスである」
その不気味なまでに白い翼を広げ、高らかに笑った。
「……コータ君も厄介なのを相手にしましたねぇ」
ポケットに手を突っ込みながら、ゼノンが小さく、ため息をついた。そして、俺の目をまっすぐ見ると、言った。
「絶望の神は、宇宙誕生前から存在する、私と同じ『高次元の何か』です」
「……マジかよ」
背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、俺は言った。
「その絶望の神が、なんでこんなとこにいるんだよ」
俺の問いに、アペルデゼスが答える。
「我は一度、神々に討伐されている。ゆえに、『神々から見放された世界』というのは、鳴りを潜めるには格好の場所だったのだよ」
なんてこった……。この世界はどうやら、どこまでも運が悪いらしい。よりによって、絶望の神に目をつけられるなんて。
「……ゼノン、こんな奴、さっさと倒すぞ」
俺がゼノンに呼び掛けると、代わりにアペルデゼスが言った。
「無駄だよ転生者。そこの高次元の存在ごときでは、私を倒すことはできない」
「なに……!?」
「なぜなら、すでに絶望の気が、この世界を埋め尽くしているからだ」
今までで見たこともないほどの、邪悪な笑みを浮かべるアペルデゼスに、俺は、唾を飲み込むと聞き返した。
「……どういうことだ」
「簡単だ。今この世界のあらゆる場所で―――――いや、全宇宙の、あらゆる世界で、お前に見せたような絶望世界と、同じことが起きようとしている。お前たちがここに訪れる前、大量の邪神と遭遇しなかったか?」
「っ……!?」
思わず、声にならない声を上げる。その横で、ゼノンが不機嫌そうに顔を歪めた。
「悪いな、転生者。お前たちがループしてくれたおかげで、我の力は信じられないほどに高まった。かつて、神々に滅ぼされた時よりもな。――――その力で、いくつかの世界の神々は、すでに滅している」
気が遠くなるような規模の災禍に、俺は肩を震わせることしかできなかった。
アペルデゼスは、すでに神を滅ぼしている、と言った。そんな規模の相手を前に、俺はどう戦えばいいのだろう。
「神々を滅した際の絶望は、何よりも大きい……。それらを吸収した我に、不可能はないのだ」
アペルデゼスの言葉が本当なら、今頃、この異世界のあらゆるところで、邪神が大量に発生していることになる……。そんな存在を、一般の人間がどうにかできるわけがない。
もう、何もかもが遅かった。
「転生者。お前に見せた、あの地獄のような光景が見れるぞ。やはり、お前は救えなかったのだ」
「じゃあ、とりあえずその光景、見てみます?」
ゼノンが、さっき使っていた昭和のテレビを、ぼん、と床に置きながら言った。
「……ゼノン、本気で言ってるのか。俺は、その凄惨な光景をさっき、アペルデゼスに見せられたんだぞ……!!」
「まぁまぁ落ち着いて。じゃ、テレビ付けますね」
ポチッとな、と、古い言葉を吐いたゼノンは、空気も読まず、テレビのスイッチを入れた。
―――――――――――――――――
「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ……!!」
羊飼いの少女が、姉の名前を連呼しながら、後ずさる。
「大丈夫、何があっても、私が守るからね……!!」
目の前の脅威を相手にしながらも、その姉――――ソフィアは、力強く言った。
その二人に、複数の人間の体を混ぜたような、歪な形の影が何体も迫る。
彼女たちに戦う術はない。ただひたすらに、自分たちの身を守ることしかできない。
逃げたところで、その影は至るところに存在している。姉妹の前には、どうあがいても、絶望しかなかった。
―――――それでも。
「……えいっ!」
少女は、小さな石を、邪神に投げた。
「ポーラ……!!」
驚く姉に、妹は邪神を睨み付けながら、言った。
「きっと……きっと今、お兄ちゃんたちが、頑張ってる。私には分かるんだ……。お姉ちゃんも、そうでしょ?」
「……ポーラ……」
妹の問いかけに、ソフィアはこくりと頷くと、その場に落ちていた、小さな木の棒を手にして。
「そうね、きっとコータさんたちも戦ってる。何もしないままで終わるなんて、そんなの嫌……!」
――――せめて、他の人たちが逃げる時間だけでも稼げるなら。
「最後の一秒まで、抗ってやるんだからっ……!」
そう考える、二人の小さな英雄のもとに。
『そうです、その意気が必要なんです!』
奇跡は、訪れた。
「え、あれ……今の声……」
「もしかして、ゼノンさん……?」
姉妹が困惑する中、ゼノンは『はいそうです』とだけ答えると、まずはポーラに言った。
『ポーラさん。邪神なんか、あなたの敵ではありません。クッキーを焼く方が、よっぽど大変ですよ。なぁに、たかが絶望です。そんなものは、サッカーボールにでもして蹴飛ばしてしまいましょう』
「さ、さっかーぼぉる……?」
困惑し続けるポーラを差し置き、今度はソフィアに言った。
『ソフィアさん、あなたは聖職者を目指しているのでしょう? だったらこんくらいの絶望くらい、簡単にはね除けちゃいましょ。あなたほどの人間が『絶望』とかいう、つまらないものに負けるはずがありません。さぁ、やっちゃいましょう』
「つ、つまらないもの……?」
ソフィアが、そう返したその時。
姉妹の体が、突然光りだした。
「え、ちょっと、お姉ちゃん……これなに!?」
「わ、分からない、けど……!!」
二人の服が、どんどん、この世界とは違うものへと変わっていく。
カラフルな色合いに、胸元に大きな宝石。スカートはふんわりしていて、手には謎のブレスレット。
やがて、光が消え、二人の変身が終わると――――
『さぁ、二人とも、絶望に殴り込みしちゃいましょう。大丈夫、今のあなたたちは、不思議な力を得たスーパーヒーロー……『魔女娘☆てぃらみすっ!』 なのですから!!』




