最も強い能力は
「久しぶりだな、ユート」
辺りを見回しながら、俺はかつて仲間であった男に言った。
この場所に来たことと、直前で思い出していた夢の内容、そしてユートの姿を目の当たりにした俺の記憶は、ほぼ完全に戻りつつあった。
「久しぶり? コータ、君と僕は、前にどこかで出会っていたのかな? 確かに、他人には思えないのだけれどね」
歪んだ笑いを見せるユートに、俺はもう、目の前の人間が、かつての仲間とは違う存在になりつつあるのを理解しながら、問いかけた。
「ユート。お前やレイ……いや、他の転生者たちを悪に染めた黒幕は、今どこにいる?」
「それを聞いてどうするんだい? もう、どうにもならないことなのに。君も、早く楽になろうよ。この世が破滅すれば、もう何も考えなくていいんだからさ」
質問をはぐらかし、おどけた調子で答える。その言葉にはどこか、オルディムやレイのようなものが感じられるような気がした。
「俺は、その黒幕を倒す。この世界を、絶望から救い出すんだ」
エクスカリバーを引き抜き、戦闘の意思を見せる。このまま何を質問したところで、どうせ埒は明かないだろう。
「……へぇ、まだ抗うんだ」
そして、ユートはきっと、俺を止めてくる。それが、残った善意によるものか、悪意に従ったものなのかは分からない。
だが、おそらく、この戦いは避けられないのだろう。
ユートは、右手から朱色の剣を召喚すると、こちらに向けた。
「どうやら、僕は君を、ここで敗北させなければならないらしい。――この、『フェンリル』で」
そう言って、フェンリルと呼ばれた剣を、構え始めた。
『コータ君』
ゼノンが、俺の脳内で、何やら問いかけてくる。場面を考えてテレパシーにしたのか分からないが、今はそれどころではない。
『なんだよ、言いたいことがあるなら手短に……』
脳内でそう返すと、ゼノンは、さらっと言った。
『君、このままだと負けますよ』
「は?」
つい声に出してしまった直後、ユートのフェンリルが俺に振り下ろされた。
その斬撃を、《獅子王の加護》で受け流そうとするも……。
「……なっ!?」
なぜか受け流せず、思いきり体がよろめいた。そこに、さらなる攻撃がくるのを間一髪で回避するも、剣先が少しだけ、左腕に触れた。
「いっ……!」
そのわずかに触れた部分がよくなかったらしく、俺の左腕がうまく動かなくなってしまった。
嫌な予感がして、慌ててユートから距離をおく。左腕を確認するも、そこまで大きな傷はなく、毒らしき跡も見当たらなかった。
「何が起きた、って顔をしてるね」
ユートが、せせら笑いながら、こちらに近づいてくる。
あいつの剣術が優れているわけでもない。なのに、加護を持ってしても、捌ききれなかった。
さらには、軽く触れただけなのに、腕の筋を軽く斬られてしまった。
戦闘経験はそれなりに積んできたつもりだったのに、ここまでうまくいかないことがあるなんて―――――
――――いや、違う。そんな、ただの『不運』でおさまる話ではない。
さっき、ユートが言っていた言葉の意味――――『最も神々の祝福を受けた転生者』というのと、照らし合わせる。そして、かつて仲間だった時の記憶を呼び起こしていく。
そうか、こいつの能力は確か――――
「お前が授かったチート能力は、『幸運』だな」
俺は右手のみでエクスカリバーを構えながら、ユートに言った。
「あーあ、もう気づいちゃったか」
わざとらしく、悲しそうな顔をすると、ユートは言った。
「正解だよ、コータ君。僕の能力は幸運。おかげさまで、いろんなことがうまくいったよ」
俺がさらなる警戒心を抱くのをよそに、ユートはフェンリルをふらふらと振りながら、さらに続けた。
「例えば、イスケ君の暴走を、女王が止めてくれたりね。この拠点は、現実の王都があってこそ、成り立っているものだからね」
「……じゃあ、王都が転生者に狙われなかったのも……!」
「そう、ただの『偶然』。……なんて運がいいんだろうねぇ。まぁ、僕に都合のいいように、運命は動くからねぇ」
笑いながら答えるユートに、俺は額から汗を垂らした。
『幸運』……それはあらゆる能力の中でも、最強とされる力。
幸運持ちに攻撃しようとすれば、そのすべてが外れる。
能力で攻撃すれば、きっと不発に終わる。
何を、誰が、どれだけの人数でやったところで。
「ああ、なんて僕はついてるんだろう」
――――きっと、その一言で、すべてが無に還る。
「……ただ、君だけはなぜか死なないまま、こんなところまで来ちゃったみたいだけど」
どこか不満そうに言うユートに、俺はにやりと笑いながら返した。
「生憎、こっちには最強のバックが付いてるんでな。死ぬことくらい、とっくに乗り越えてんだよ」
ユートは興味深そうにしつつも、首を横に振りながら言った。
「……まぁいい。ほら、次はコータ君の番だよ。早く攻撃しなよ。僕は何もしないから」
そう挑発すると、フェンリルを鞘にしまった。そして、手を広げたノーガードの状態で、ニヤッと笑った。
「……マジで言ってんのか、お前」
いくら右腕しか使えないとはいえ、剣は振れる。俺がそう言うと、ユートは「ああ」とだけ答えた。
……もうどうなろうが、やるしかない。
「じゃあお構い無くいかせてもらうぜ……! 《剣波》!」
エクスカリバーを振り、奥義を繰り出す。
が、しかし。
「ぐぁあっ!!」
エクスカリバーから出た剣の波動がらなぜか手元で暴発し、俺は吹き飛ばされた。
「あらら、必殺技が暴発したのかな? そんなこともあるんだね」
暴発の衝撃で、右腕が動かしにくい。今までそんなことが起きたことなど、一度もなかったはずなのに。
「……くそっ……どうなってんだよお前の能力……!」
こいつの手にかかれば、ヴァンの放つ《メテオライト》はすべて、ヴァンの潜伏する廃城へといくのだろう。
そして、イスケの時間停止は、おそらくこいつにだけかからない。かかったとしても、殺されず、イスケが殺される運命へと転じるのだろう。
女王の万能な能力さえも、きっと、偶然、暴発するか不発に終わり、こいつは何もしないまま勝利するだろう。
俺は改めて、最も強い能力を相手にしていることを認識した。
「もう終わりかい? つまらないなぁ」
そう言いながら、ユートがこちらに近づいてくる。
このままでは負ける。
いつものように、なんとか頭を回す。だが、その行為さえも、俺の中では憚られた。
……機転を利かしたところでどうなる?
どんな方法を、こいつにしかけたところで、きっと失敗する。
なぜならあいつは、運がいいから。
「ちくしょうっ…………!」
ありとあらゆるパターンを考えるも、やはり幸運で覆される未来しか見えない。
俺は、まだ手元にある、『約束された勝利の剣』を、自嘲気味に笑いながら見た。
「何が約束された勝利だよ……そんなの、幸運の前じゃ、どうにもならないだろ……」
そう諦観しつつあっても、ユートの歩みは止まらない。
もう、他に手は残されていなかった。
『ね、このままだと負けるでしょう』
そこでようやく、脳内に待ちに待った声が響いた。というか、最初からこれしか期待していなかった。
どうにもならないと判明したときこそが、俺にとっては最高のチャンスなのだ。
『ああ、お手上げだ。相手は人類最強の能力持ちだぞ。俺にどうしろと?』
『大丈夫、君の剣には細工を施してありますから』
『……え、いつそんなことしたの?』
『君がゼニスに来て最初の店でぼったくられた時に、エクスカリバーを担保として店に置いていったときです』
「あの時かよぉっ!?」
再び、脳内ではなく、現実で変な声を出してしまった。ユートがこちらの不審な行動に、まぶたをピクっと動かしたが、再び、その歩を進めた。
『細工したつってもどんな細工だよ! 弾かれるわ暴発するわで、今んとこ全然そんな片鱗見せてないんだけど?』
『まぁなんとかなりますって。今は君が主人公なんですから』
ゼノンが訳の分からない褒め方をしている間に、とうとうユートが目の前に来た。そして――――
「じゃあね、コータ君」
そう言って、フェンリルを振り下ろした。
「もうどうにでもなれぇ!!」
俺は持っていたエクスカリバーを、とにかく前に出した。どうせ防御行動をとったところで、また幸運で、エクスカリバーごと斬り払われるとかそういう――――
――――ことにはならず、しっかり防ぐことができた。
「……あれ、なんとか……なってる?」
よく考えると、なぜか右手も左手も、しっかりとエクスカリバーを握っており、動かせている。
ユートの幸運はとくに発動することなく、代わりに、幸運にも、俺は、回復した腕でその身を守りきっていた。……いやどういうことだ。
防いだ俺自身が驚く中、ユートが、後ろに下がりながら、目を見開いた状態で言った。
「な、なぜなんだ……? そんなはずは……」
その場にいた両者共々、わけが分からない、といった顔をする中、ゼノンが、俺の脳内で言った。
『なに驚いてるんですか。主人公は君だ、と言ったでしょう』
『う、うん……? ありがとう……?』
『は? 褒めたわけじゃないですよ? 君も察しが悪いですね』
意味深に、さっきから『主人公』というワードを繰り返すゼノン。
確かに、こんな都合のいい展開なんて、まさに主人公しか成しえないことのような気もするが――――
……って、まさか…………?
『ようやく、気付きましたか』
目を見開く俺に、ゼノンはいかにもなため息をついて、言った。
『そのエクスカリバーには、『主人公補正』が付いてるんですよ。まぁ要するに……君もまた、ラックで戦えている状態にあるということです』




