もうひとつの城
そこで俺とノアは、ハッとした。
邪神の言葉や、ノアが見た瘴気の話をまとめると、少なくとも、ジェノサイド・レーザーの使い手は、邪神によるものだろう。
では、それ以外は?
「なぁ、オルディム。人に悪意を埋め込ませた状態で、転生させることって可能か?」
「力をもった邪神とかなら、一人くらい、そういったのを生み出すことは、できなくはないだろう」
そこでオルディムは眉間にシワを寄せ、
「……ただ、『真の脅威』なら、それらをいくらでもこなすことも容易いだろう。出目の悪い世界であることを、盾にしてな」
と、遠い目をしながら言った。
「なるほどな……。ようやく分かった。それで、とりあえずレイは、その禍気にあてられて、今に至るんだよな。どうしてもとの世界に戻らなかった? お前ならそれができたはずだろ」
俺がそう尋ねると、レイは答えた。
「僕は、君たちの悲劇的な末路の夢を見た張本人だからね。そこの次元神同様、君たちを止める義務がある」
そこで、レイは自嘲するかのように、遠い目をしながら笑うと、こう続けた。
「……だけど本当は、どこかで、君たちを信じてみたかったから、なのかもしれない。もしかしたら、次は脅威をはね除けて、この世界を救う可能性を……そのわずかな希望を、どうしても捨てきれなかった。……同じ悲劇を繰り返さないように、本当は、止めなきゃならない立場なのにね」
矛盾しているよ、と乾いた笑い声をあげるレイは、どこまでも空虚さが目立ち、心が壊れているように見えた。
彼も彼で、異世界で生活していくうちに、この世界の人々を放ってはおけなくなったのだろう。
だが、救うこともできず、自身が悪に染められていく中で、最後に残った希望が、俺たちだったとしたら。
俺がレイと同じ立場だったら、おそらく、意思に反して、その希望たちに期待してしまうのだろう。
だから、レイを責めることは、どうしてもできなかった。
「……ったく、どいつもこいつもみみっちぃ真似しやがって。なぁルルカ?」
相棒の魔術師にそう問うと、彼女はニコッと笑った。
「ほんとよ。前はひどい目に遭わされたらしいけど、今度はそういかないっての。ね、ノア」
連鎖するように、ルルカが問いかけ、やはり同じように、勇者は笑った。
「はい。それにひどい目なら、今までもけっこう遭ってきてますし。ね、二人とも」
一週回ってきて、再び問いかけられた俺たちは、苦笑を交えながら言った。
「そうだな、俺なんかこの世界でもう何回か死んでるしな」
「私なんか隕石ぶつけられてるんですけどっ」
そう言って、三人がお互いにひとしきり笑う様子を、オルディムとレイはポカンとした顔で見ていた。
そして俺は、こんな仕打ちをしてきた、上で傍観きめこんでる高次元の悪魔に言った。
「ここまできたら、お前も巻き込んでやるからな。飽きたから帰るなんて言わせないぞ、ゼノン。……というより、来てくれ。多分ここからはお前いないと詰む」
……と、情けなく、台詞の最後をポショポショさせながら言った。なんか横でルルカが「だっさ! この期に及んでだっさ!」とか言ってるけど気にしない。
そして、ゼノンは答えた。
『やれやれ、私に命令とは、コータ君も大きくなったものですね。……相変わらず心は小さいみたいですが』
「うっせ」
俺は苦笑しながらそう返すと、オルディムとレイに言った。
「そういうことだから、その真の脅威とやらに一発殴り込みに行ってくるわ」
俺の言葉を聞いた二人は、そこで、わずかに笑った。諦めて、無になりかけていた二人からそんな表情を出せたのは、素直に嬉しいものだった。
――――が、その時。
「ね、ねぇコータ……あれ、なに……?」
何かを尋ねるルルカの様子が、明らかに不穏なものに対するものだった。俺は返事をする前に、ルルカが指さす方へ、反射的に振り向いた。すると、そこには。
何体もの『邪神』が、こちらに向かってくる光景が、広がっていた。
「おい、あれって邪神へルグじゃないか……?」
なんであいつがこんなところに、とか、なんで復活しているんだ、とかを考えるより先に、俺の手はエクスカリバーにかかっていた。
だが、それをオルディムが止める。
「あのような存在が、次元を越えて侵入してきている以上、相手もそろそろ、お前たちを本気で殺しにかかっているようだ。もう時間は残されていないみたいだぞ。ほら、早く行け」
その言葉に、レイも頷く。どうやら、この場をオルディムたちが止めるつもりのようだ。
「けど、邪神に物理は効かない。光魔法しか通らないんだぞ!」
俺がそう言うと、今度はノアが俺の前に出た。
「……コータの言うとおりです。だから、私がここに残ります」
勇者はそう言うと、ルナ・エファリスを構えた。とはいえ、明らかに相手の量が多すぎる。いくらノアが強くなったとはいえ、あの邪神の軍勢を相手にすることは厳しいだろう。
「ノア……だけど……!」
俺がノアを止めようとするも、それをルルカが遮った。
「大丈夫、私もノアと戦うから。コータとゼノンで行ってきちゃいなさい。……どーせ、ゼノンは本気を出さないで、コータをうまく動かして戦うんでしょ? プレイヤーとキャラが最低限いれば、あいつも文句ないでしょ」
ルルカはそこで、こちらにウィンクすると、邪神の群れに向き直った。
――――結局、最後はあいつと行くことになるのか。
『―――ですってよ、コータ君。私はそれで満足ですけど』
「俺は満足じゃねえよ? いい加減、プレイヤーとキャラみたいな関係性やめない?」
そして結局、いつも通りの会話劇を繰り広げながら、俺は大きくため息をついて。
「……こうなったら、何回でもこき使われてやるし、何回でも死んでやる。だから頼むぜ、相棒」
俺は、ゼノンに向かって叫んだ。
遠くにいた邪神が、さらにその距離を詰める。そんな中、オルディムが言った。
「真の脅威は、この先の城にいる。行け、転生者!」
その言葉に、俺はこくりと頷くと、邪神と対面した仲間たちの姿に後ろ髪を引かれる思いで、オルディムが指す方向へと走り出した。
走って、走って、走り続ける。
ここがどの次元の空間なんだろう、とか、次元の中に魔王城が合ったんじゃ見つかりっこねえな、とか考えながら、さらに走る。
なんか、こんな空間を走ったことが、前にもあったような。
―――ああ、そうか。
それはかつて、転生者コロシアムから帰ってきたときに見た夢の中。
そこの霧がかった空間で、俺は走っていて……。あの場にいた、あの人影たちはきっと、いつかの仲間たちのものだったのだろう。
「……もうループしたくねえな」
うっすらと、ループする前の記憶と、夢で見た人影が一致していく。そうか、あの場にいたもう一人の仲間は――――
『なに泣き言言ってるんですかコータ君。ほら、もう着きましたよ』
突如響くゼノンの声に、俺の意識が戻される。そして、目の前を見ると、そこには。
「……嘘だろ、これって……」
それは、見間違えるはずもない、王都ゼニスの城だった。
――――――――――――――――――――
内部の構造を観察しながら、手触りや装飾を確認しつつ、階段を上る。ゼニスの城内に入ったことはないが、おそらく、まったく同じ構造なのだろう。
この階段の先の、玉座の間に、きっとあいつはいる。
なぜだか分からないが、俺はそう直感していた。
そして、とうとうその扉の前に立ち。
「……これで、終わりにするぞ」
自分を鼓舞するように言いながら、その扉を開けた。
その部屋の奥に座る人物が、俺が来たのをさも愉快そうに見ながら、ゆっくりと立ち上がる。
そして、わざとらしく、乾いた拍手をすると――――
「ようこそ、碓氷 幸太君。僕は紫芽 結斗。この世界における、最も神の祝福を受けた転生者だよ」
――――俺のかつての仲間、紫芽 結斗は、そう言ってにっこりと笑った。




