次元神の思い
『……うわぁ、ちょっと皆さんやり過ぎじゃないですか……? さすがの私でもちょっと引きましたよ』
上から、ゼノンの珍しいドン引き声が響く中、俺たちは息を切らしながら、目の前の神だった何かを見下ろしていた。
かつてのクールな顔立ちは、あちこち腫れ上がっており、その面影はどこにもない。地面を這うように移動するその姿は、もはや神ではなく、罰を受けた囚人のようだった。
「はぁ……はぁ……こいつ、エクスカリバーでも一撃で倒せねぇ……」
「私もさんざん杖でタコ殴りにしたのに……」
「光魔法をエンチャントしたルナ・エファリスでも、まだ耐えてますね……。…………しぶとい」
ノアがぼそっと吐いた毒は聞かなかったことにするとして、やはり神だからなのか、その耐久力は目を見張るものだった。
そして、その神だった何かは、口を開いた。
「……話を聞いてくれと、言った、だろう……」
「うわぁ、まだ喋るんですね……」
「ノア、ちょっと最近ゼノンに毒されてないか? いつからそんな攻撃的になったの君は……」
どうかいつものノアに戻ってほしいと、切なる思いを抱きながら、俺はオルディムに聞いた。
「まぁ、あんま敵っぽくないなとは思ってたけど、いきなり殺しにかかったあんたも悪いんだぞ。神だかなんだか知らないけど、どうしてそこまでして、俺たちの行く手を阻むんだよ」
俺の問いに、オルディムが口を開きかけた、その時だった。
「それは、僕が説明するとしようか」
突然、空間に、俺たち以外の誰かの声が響き渡った。
俺たちはこの声に、聞き覚えがある。
だが、その存在がここにいることに、全く理解が追い付いていなかった。
混乱する俺たちを差し置き、その存在が、俺たちの方へと近づいてくる。俺は、声が震えているのを感じながら、その人物の名前を呼んだ。
「レイ……? なぜお前がここに……?」
内海 零が、いつものように空虚な笑みを浮かべながら、そこに立っていた。
「やぁ、コータ。それに、ルルカやシスターも」
俺の質問には答えず、まるで、街中であったかのように、気さくに話しかけてくる。その様子がより一層、不可思議な状況を生み出した。
そんな、俺たちが困惑する中、ゼノンはテレビ越しに言った。
『……おや、君はもしかして……』
何かを言いかけたその声に、レイは特に驚くこともなく、
「……天から聞こえる声の主は、何か、知っているようだね」
とだけ返した。
「……おい、ゼノン。お前もったいぶるのが嫌いだったはずだろ。どういうことか教えてくれないか」
いまいち状況が掴めず、オルディムをほったらかしにして、ゼノンに尋ねる。すると、声だけでも分かる、何かを楽しむような調子で、ゼノンは言った。
『彼は、超能力者なんですよ、コータ君。それも、まだ現代日本に住んでいます』
思いがけぬ答えに、しばらく絶句していると、ルルカが甲高い声で「えーっ!」と叫んだ。ほんとこいつ分かりやすいリアクションするなぁ。
「レイが超能力者で、えっと、まだ日本にいる……って、ええ? なにそれ? 私、頭こんがらがりそう」
「どうやら、一から説明してもらう必要があるみたいだな」
そう言って、レイの目をまっすぐに見る。彼は首を横に振り、仕方ないとでも言いたげな動作をすると、言った。
「いいよ。そのつもりで来たからね。君たちがここまで来てしまった以上、説明するしかない」
やけに意味深な言い回しをすると、レイは話し始めた。
―――――――――――――――――――
もともと、僕は超能力者だった。異世界の特典としてではなく、生まれながらにして、現代日本においてチートな能力を持っていたわけだ。
その能力の使用範囲は幅広く、勉学や運動はもちろん、技術の必要なものや芸術分野まで、多種多様にこなせた。すべて超能力で、なんとかしてしまえたんだ。
普通の人なら、そういう能力を欲しがるんだろうね。けれど、僕には呪いでしかなかった。何をやってもうまくいくということは、何をやっても心に響かないのと同義だったんだ。
そんなある日、僕は、就寝中に見る夢を通して、いわゆる『異世界』に行くことができるようになった。同時に、退屈した日々から抜け出せる何かが、異世界にあると思うようになった。
事実、異世界での日々は退屈しなかった。自分より強い存在が、自分に襲いかかってくるスリル。超能力だけではうまくいかない、この絶望世界で生きていくことの厳しさ。そのどれもが、現代日本では味わえない感覚だった。
そう、僕は絶望的なこの世界を、あくまで『夢』として、ただ楽しんでいるだけだったんだ。
あんな『夢』を見てしまうまでは、ね――――
―――――――――――――――――
「…………」
そこで、レイは唐突に黙りこんでしまった。
「お、おい……レイ……どうしたんだ」
俺が呼び掛けるのをよそに、レイは、急に俺の目をじっと見つめると。
「見てもらった方が、早いかもしれないね」
そう言った、次の瞬間――――――
――――――――――――――
「ん……なんだ……」
いきなり、視界が光に包まれたかと思うと、いつの間にか俺は、さっきまでいた空間とは違う場所にいた。
ぼやける視界に、何度も目を擦りながら、目の前の光景に焦点を合わせようとする。やがて、それはぼんやりと見えるようになっていき、
「……あれは……『俺』?」
自分――――すなわち、碓氷 幸太が、なぜか城の中で、倒れているのが見えた。
よく見てみると、他にも、何人か倒れていることに気がつく。どうやら俺は、その光景を俯瞰して見ている形になっているらしい。
そして、その人物たちを見て、俺は思わず目を見開いた。
「ルルカに、ノア……そして…………イスケ……!?」
まだぼんやりとしていて、はっきりとは分からないが、おそらく、倒れているのはその三人だった。その他に、もう一人ほど、視界の端にいる気がするが、どうにも見えにくい。
なんとかその人物を目で捉えようとしたが、そうしている間に、なにやら声が聞こえてきた。
「まだ……まだ負けていないっ……」
それは、エクスカリバーを支えに、なんとか立ち上がろうとしている俺の声だった。
その体のあちこちから、おびただしい量の血が流れている。一目で、瀕死の状態であるのが分かる姿だった。
「絶対に負けない……。何度でも、何度でも立ち上がって、お前を、必ず―――――――!!」
そこで、再び、視界が光に包まれた。
――――――――――――――
「なんだ……今のは」
もとの空間に意識が戻ると、俺は自分の体を見ながら、さっき見た、瀕死の自分がいた光景を思い出した。
「おかえり、コータ。今のが、僕が見た夢さ。これでもう分かっただろう」
レイは、そう言いながら、少しだけ顔をふせて、さらに続けた。
「君は……いや、君たちはすでに一度、この世界を冒険し、真の脅威と対面している」
その言葉を聞き、俺はそのまま、立ちすくしてしまった。何も言おうとしない俺の代わりに、ルルカが心配そうに聞く。
「どういうこと……? 私たちは、この世界をループしてるってこと?」
「ああ。僕が以前見た夢の通りなら、そういうことになる」
そう答えるレイに続くように、今まで口を開かなかったオルディムが、真剣な声色で言った。
「そこの男が言っていることは正しい。現に私は、この世界の時間が巻き戻るのを目の当たりにしている」
「ちょっと待ってくれ……いきなりそんな話されても、理解が追い付かないぞ」
なんとか平静を保とうと、頭に手を当てながら、必死に情報をまとめる。
「えっと、あの夢の通りなら、俺は一回、あの城で敗北して、その後にループして、序盤の草原からスタートしたわけか」
オルディムは頷くと、そこに付け加えるように言った。
「おそらく、お前は最初から武器の名前を分かっていたはずだ。それに、魔法の使い方も。それは一度、お前がそれらの武器や魔法を扱っていたからだ」
「マジかよ……」
誰に聞いたわけでもないのに、武器や魔法の名をなぜか最初から分かっていたからくりに、今になって気付き、俺は改めて、握っていたエクスカリバーを見据えた。
「えーっと、私たちがループしている、というのはなんとなく分かりましたけど……なぜ、再び冒険を始めた私たちを、あなたは止めようとしたのです?」
ノアがルナ・エファリスを鞘に戻し、真剣な眼差しで聞いた。オルディムはその様子を見て、どこか安堵したような表情を浮かべると、言った。
「お前たちは、一度、真の脅威に敗北している。そしてなにより、その脅威には、私ですら敵わない。つまり……もう、あの存在を止められるものはいないのだ。ならばせめて、同じ絶望を繰り返させぬよう……」
『安らかな死を与えた、といったところでしょうか。やれやれ、回りくどいことをしてくれますね』
ゼノンがオルディムの続きを、半笑い気味に補足する。それとは対照的に、オルディムは、うつむいたまま、口をつぐんだ。
なぜ彼が、事務的な処理をするように、俺たちを手にかけたのかが、嫌でも分かってしまった。
彼はもう、諦めてしまったのだ。
それはきっと、オルディムに殺された時の俺と同じ感情なのだろう。希望や絶望などの起伏に感情を置かず、ただ、終わることだけを望む、無の感覚。
――――そうか、それはきっと、レイも同じで。
だから、彼はいつも、どこか遠くを見ているような、空虚な瞳をしていたんだ。
「これが、この世界の真実さ。ここまで来てしまった以上、隠すことはできないだろうからね」
「……レイ」
俺が、他にも何かを伝えようとした、その時だった。
「うっ……く……」
レイが突然、頭を抱え始め、苦しみ出した。
「どうした、どこか痛むのか!」
俺が駆け寄ると、レイはそれを手で制して言った。
「大丈夫さ……。ただ、もう時間は限られているかもしれないな」
「それはどういうことだ……」
「僕はもう……すでに、悪意に染まりつつある。……ふふ、神器を持たず、加護も授かっていない弊害かな……」
レイはそういうと、自嘲気味に笑った。
それを聞いたノアが、注意深くレイを見ながら言った。
「で、でも……あなたからは、瘴気を感じられません。なのに、なぜ……」
「それは、邪神によるものではないからだ」
オルディムはそう答えると、レイに近付き、言った。
「この者がまとっているのは、『禍気』だ。真の脅威が生み出した、悪意の塊……。そして、多くの悪意の転生者を生み出した『力』だ」




