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異次元の強者

「わざわざ、エファリスを出るまで待っててくれてありがとよ」


俺がわざとらしく感謝すると、オルディムはにやりと笑った。


「余計な犠牲は増やしたくないものでな。私はただ、この先に進む者たちの行く手を阻むだけだ」


そう答えるオルディムに、ルルカが杖をぶんぶん振りながら抗議する。


「なんで阻むのよ! 変に忠告してきたり、余計な犠牲を増やしたくないとか言うくせに! あんた、そもそも敵なの!?」


ルルカの言う通り、本当にただの敵なら、ミスベルにいた時点で俺たちを殺してもよかったはず。


まさか、こいつもまた、悪意を邪神に埋め込まれた類いの転生者なのか? その中で、本来の自分との葛藤が、こうした矛盾を生んでいるのかもしれない。


俺は、かつての女王の姿を思い浮かべながら、オルディムに説得を試みた。


「俺も、あんたの意図が分からん。けど、同じ転生者なら、ここは協力するべき……」


すると突然、オルディムが俺の言葉を遮った。


「転生者? この私が? 笑わせる。私はそんな存在ではない」


「……は? ってことは、お前もこの世界の何かなのか?」


「この私が、『この世界』、なんて規模におさまる存在とでも?」


せせら笑うオルディムの姿は、虚勢を張っているようには見えない。『この世界』なんて言い回しをする時点で、次元の違う何かを相手にしていることを察した。


「お前……まさか……」


焦る俺を見ながら、オルディムはわざとらしく、腕を広げると。


「私は、次元の神オルディム。ちょうどそこにいる、タキシードの人間と同じ、この次元から外れた存在だ」


『神』は、口の端にわずかな笑みを浮かべ、言った。


「神……え、神様っ!?」


「ル、ルルカ、落ち着いて下さい!」


とんでもないのを相手にしていることに気付き、慌て始める魔術師と勇者。……てか、それを言ったら邪神だって一応神なんだが。


とはいえ、邪神ヘルグはあくまでこの世界での神に過ぎない。そこからさらに、一線を画した『本物』を、俺たちは今、相手にしているのだ。


俺は息を飲み込むと、できるだけ落ち着いた声で、ゼノンに言った。


「……ゼノン、今回ばかりは、さすがに俺たちだけでなんとかするのは無理だ。本当の意味で次元が違う。もう転生者とか勇者とかの話どころじゃない」


「……そのようですね」


ただそう返すだけのゼノンは、いつもならへらへらとしているのに、今回はそうしていない。


……いや、それどころか、少し焦りが見える。


「おい、ゼノン……」


ただならぬ感覚を覚えた俺が、思わずゼノンを呼んだ、次の瞬間―――――


ルルカが、いきなりバタリと倒れた。


「……ルルカ?」


倒れる仲間の姿を見て、心臓の鼓動が早鐘を打つのを感じながら、無意識に、俺はルルカの方へと寄っていた。


邪神の時もあいつは倒れたが、まだその時は意識があった。だが、今、倒れているルルカは、ピクリとも動かない。


「ルルカ……おい、どうした……」


額に汗が溢れ始める。


嫌な予感がする。


そんなはずはないと思いながら。


俺は、ルルカの手首を握った。


「……嘘……だろ」


ルルカの脈は、完全に止まっていた。


それは、魔術師の始祖の城で見た、偽物のルルカではなく、本物の、ルルカの遺体だった。


急激に寒気が走った。怒りとか、恐怖とかを通り越した何かが、感情を掻き乱す。


何が起こったのか分からない。思考がまとまらない。目の前の現実が、受け入れられない。俺は無意識に、最後の希望へと言葉をかけていた。


「ゼノン! おい、ゼノンっ!!!」


この世の絶望を、最後には必ず希望に変えてくれる存在に、必死に呼び掛ける。その様子から、ノアが何かを察したのか、ルナ・エファリスを地面に落とした。


「まずは一人」


無表情のまま、オルディムが淡々と台詞を吐く。そこに愉悦や怒りはなく、ただ、事務的な処理をするかのような冷たさがあるだけだった。


「そんな……ルルカ……? 嘘ですよね……?」


ノアが剣を置き去りにし、ルルカのもとに駆け寄り、震え声で治癒魔法を唱える。もはや目の前の神を相手にしている場合ではなく、大切な仲間を助けたいという思いが、痛く感じられる行動だった。


――――そんな、シスターとしての、当たり前さえも。


「甘いな、勇者よ。仲間の一人や二人が絶命したところで、武器を捨てて遺体に駆け寄るなど。貴様は勇者の器ではない」


オルディムは、吐き捨てるようにノアを否定した。


「……っ、私はっ―――――!!」


ノアが言い返そうと、言葉を発する直前。


その続きが、急に途絶えた。


動かなくなったルルカを呆然と見ていた俺は、その不自然な空気に、再び嫌な予感を覚える。呼吸がしにくくなるのを感じながら、ノアの次の台詞を、祈るような思いで待ち続けた。


――――だが、代わりに聞こえたのは、何かが地面とぶつかる音だけだった。


顔をあげようにも、あげられない。ダメだ、今は何も見てはいけない。俺は目をギュッとつむりながら、顔を伏せることしかできなかった。


そこに、再び、オルディムの事務的な声が響く。


「二人目」


その言葉を聞いた瞬間、俺はとうとう、顔を上げてしまった。


その視線の先には、ノアが、光を失った瞳で、仰向けの状態のまま倒れている姿があった。


「あ……ぁ」


それは、見ただけで死んでいることを理解できる、残酷な光景で。


もはや、何が起きたかも考える気力などなく、俺に唯一できたことは、未だ無言を貫き通す、最後の仲間の名前を呼ぶことだけだった。


「――――ゼノン!」


だが、普段の頼もしい姿は、そこにはなく。


あるのは、口から血をたらしながら、苦い顔でオルディムを見据えるゼノンの姿だった。


違う、違う。


こんなんじゃない。


”お前“は、こんなんじゃないだろう。


「ゼノン……お前……」


あいつは攻撃を受けない。


あいつは死なない。


あいつはいつも、余裕ぶっている。


そんな、いつものことが、流れるような勢いで、崩れ去っていく。


「コータ君っ……」


俺を呼ぶゼノンから、その余裕さはなく、ただ、血を流し続けるばかりで。


俺は、いつの間にか叫んでいた。


「ゼノン! お前だけでも逃げろ!」


あいつは、本当はこの世界に関係のない存在だった。


それなのに、さんざん俺たちを助けてくれては、楽しそうにクスクスと笑っていて。


そんな、大切な仲間を、もう失いたくはなかった。


「なぁ、頼むよゼノン……。お前がここで死ぬ理由がないだろう……! せめて、お前だけでも……!」


もはやどうにもならないことは分かっていた。


相手が次元を超越した神で、その神にゼノンが圧倒されている時点で、その結末は理解していた。


絶望のその先―――――『諦め』の境地が、目前に迫る中で。


「なぁ、ゼノ―――――」


再び呼び掛ける俺の声は、本人には届かなかった。


初めて目の当たりにする、最強の仲間が倒れていく姿。そして、その仲間の絶命を裏付けるように、神の声が響く。


「三人目」


――――ああ、もう終わるのか。


相手の強さを侮っていたわけではない。あらゆる加護を持つアリスを殺害し、ゼノンの攻撃を回避した時から、その脅威は認識はしていた。


だが、まさかここまで、圧倒的だなんて。


そんな、数分で終わらせられるなんて。


すでに、何もかもを諦めた、無に浸りつつある自身の感情に、最期は少し、嫌悪感を抱きながら。


「四人目」


意識が遠くなって、視線が、地面に近づいていくのを感じ、そして――――――


呆気ないほどまでに、俺たちのパーティは、そこで全滅した。

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