聖女勇者の旅立ち
そう言われてみると、確かに怪しい点は転がっていた……。ましてや、それが親だったなら、なんとなくに気付いててもおかしくはない。
「そこのタキシードの人が言っている通りだ。娘が、勇者の可能性がある……。これだけで私たちには、十分すぎる不安要素だったんだ」
「仮に、勇者じゃなかったとしても、邪神に先手を打たれかねないエファリスにいるより、王都ゼニスの方が安全だと思ったの」
そう答える両親に、ゼノンはほくそ笑んで、
「まぁ実際に、邪神は地下に潜んで、この都市を利用していたわけですけど」
と、皮肉を言った。が、その皮肉は二人には通らなかったらしく、代わりに驚いた声で聞き返した。
「邪神に遭遇したのか!?」
「ええ。なんならたった今、その邪神をあなた方の娘さんが討伐してきたところですよ」
と、顎でノアの方を指しながら、ゼノンが返す。ノアはそれに応えるように、小さく「……うん」と言った。
「な、なんてことだ……」
「ノア……あなた……」
「ごめんね、お父さん、お母さん。二人の思いを酌めなくて……。……いや、本当は、どこかで分かっていたのかもしれない。今思えば、二人からは瘴気が一切、見られなかったから。でも、あの時の私は、冷静でいられるほど、大人じゃなかった。本当に、ごめんなさい」
謝るノアに、両親は、その場で屈み込み、嗚咽を漏らし始めた。
「お前が謝る必要なんてない……。謝るのはこっちの方だ。許してもらえるなんて思っちゃいない。だが、本当にすまなかった……」
「ごめんね、ノア……ごめんね……」
謝罪を繰り返す二人の背中を、ノアが困った様子で見る。そこに、リンファが近づいていき、ノアにそっと語りかけた。
「ノア様がエファリスを出ていかれてから、時々、ご両親を見かけることがありましたが……いつも、落ち込んだ様子でした。そこに、憎悪や苛立ちの感情は、少なくとも私は見受けられなかった。だから、ノア様……」
リンファの言葉に、ノアは優しく微笑むと――――
「大丈夫です、リンファ。私は、両親を恨んだことなど、一度たりともありません」
そう言い切る聖女の眼差しに、一点の曇りはなく、その場のあらゆるものが浄化されるような錯覚を覚えるほどに、そのいで立ちは輝かしいものだった。
「ノアっ……………!!!」
「ノア……うぅ……っ!」
暗く、深かった夜はいつの間にか終わり、朝日が差し込み始めるエファリスに、勇者の帰還を、泣き叫びながら迎え入れる二人の声が響き渡った――――――
―――――――――――――――――――――
「本当に、行ってしまうのだな」
優しい目元に、どこか寂しげなものを浮かべながら、ノアの父は言った。
あの後、俺たちは一晩、ノアの実家で過ごした。そこでノアは両親と、今までの冒険のことや、パーティメンバーのこと、勇者として、また旅に出る意思があることなどを語り明かした。
話したいことをすべて話したうえに、普通にごちそうがうまかったりベッドがその辺の宿よりフカフカだったこともあり、その夜はみんな、しっかりとした休息が取れた。
「うん。まだこの世界を、完全に救えたわけじゃないから」
ノアは力強くそう言うと、今度はリンファに向き直った。
「リンファ……この都市を、任せてもいいですか」
「はい、ノア様。以前からやってきたことですから、ご安心ください」
ノアと同じく、力強く答えるリンファに、俺は申し訳ない気持ちで言った。
「すまない、リンファ。エファリスの護衛を任せられたのに、すぐに出る形になっちゃって」
「何を言っている。邪神を討伐した時点で、護衛以上の働きをしている。それに、世界を救う手がかりを見つけたのなら、そちらを優先してもらった方が本望だ」
「……ああ、必ず救ってみせる」
邪神ヘルグが最期に言った言葉。
『真の脅威は、果てしなく強大なものだ―――――――』
あの言葉の意味をそのまま受け止めるなら、現時点でそれに該当する者は、ただ一人。
―――――女王にトドメを差し、ゼノンの攻撃を回避したあの男だ。
男は、これ以上、余計なことをするなと言っていた。だが俺たちは、その忠告を無視し、この世界の本来のラスボス、邪神ヘルグまで倒したのだ。
これが、どういう意味を成しているか。それは、考えるまでもないことだった。
「気を付けてね、ノア」
母がノアを抱擁しながら、震えた声で言う。ノアもそれに返すように抱き締めると、小さく「行ってきます」と言った。
こうして俺たちは、リンファに抱きついたまま離れないルルカを無理やり剥がして、見送ってくれたエファリスの人々に手を振ると、聖域都市エファリスを後にした。
「……さて」
俺たちは、エファリスからある程度遠ざかると、互いに目配せした。
これからやることは、前夜のうちに話し合っていた。
「じゃあ頼めるか、ルルカ」
「うん、分かった」
ルルカはそう言うと、転移魔法を発動した。
決して、王都に帰るわけではない。
その辺の、広い草原にでも出られればよかった。戦えるだけの広さが欲しかったからだ。
魔法で、四人の人間が、広い草原に現れる。周囲には誰もおらず、モンスターの気配もない。好都合な条件に感謝しながら、俺はエクスカリバーに手をかけた。
この時点で、俺たちの覚悟はもう、決まっていた。俺の推測通りなら、この後の展開は、ただひとつ。
「見てるんだろ、オルディム。決着を着けようぜ」
俺が空に向かってそう叫ぶと、やがて、一部の空間が歪み始め、そこから――――
「……忠告はした。だが、どうやら死に急いでいるらしい。覚悟はいいな」
あの時のままの容姿で、オルディムが空に現れた。




