勇者の証
「だ、だが! ルナ・エファリスは勇者の元に現れなかったはず! なぜ今になって……!!」
影のゆらめきが大きくなりつつあるヘルグに、ゼノンは楽しそうに答えた。
「ええ、なので拾ってきました」
「「「「は?」」」」
邪神をひっくるめた、事情を知らない俺たち四人は、ほぼ同時にそう言った。え、なに?聖剣って拾ってくるもんなの? 道端の十円とかと変わんないの?
俺が目を丸くしていると、ゼノンが続けた。
「そもそも、ルナ・エファリスとは、聖域都市の地下に納められた剣なのですよ。私は聖剣がある部屋まで、この勇者……ノアさんを連れていったまでです」
「あの床の崩落はお前の仕業かよっ!」
「だから「ノアさんなら大丈夫」って言ったじゃないですか。ちゃんと話、聞いてました?」
またしても俺は、この『人間のこと絶対におちょくるマン』に、してやられたのだ。俺たちの沈痛な思い返せ。
ひとしきり笑ったゼノンは、今度は邪神ヘルグを指差しながら、半笑い混じりに言った。
「だいたい、あなたもあなたです。勇者の存在を感知できるだけで、個々に識別できないとか……。本当に過去イチで強くなったんですか? 邪神が聞いて呆れますよ。ねぇ、コータ君……って、ああ、君も勘違いしてた口でしたね、失敬失敬」
「いや、……だって、リンファには毒とか呪いとか効いてなかったし……もしかしたらって……」
「あらゆる耐性付きの装飾品をいくつか付けている上、聖職者であるリンファさんにバッドステータスが通じるとでも?」
ああ、そういやエファリスに行く途中で装飾品とかなんとか話してたな……。 なんかもういろいろと恥ずかしい……。
「……許さん」
ヘルグの怒気を含んだ声が、空間内に響き渡る。それだけで、空気が一変したことを悟った。
「誰が勇者だろうと、もはやどうでもいい。殺してやる、今すぐ殺してやる!」
こうして、再びラスボス戦が始まった。
「くそ、とりあえず聞きたいことは後だ! 今はヘルグに集中を―――――」
と、みんなに呼び掛けた、その時。
後ろから、光が一閃し――――
ノアが、邪神ヘルグの中心へ、剣を突き立てた。
「え……」
あまりの速さに、何が起きたのか理解できなかった。さっきまでノアがいたはずの場所には、ゼノンがニコニコしながら立っているだけで、他には何もない。
「……ぐぅあああああっ!?」
数秒遅れて、邪神の絶叫が聞こえた。そこでようやく、ノアが邪神ヘルグを、ルナ・エファリスで貫いたことを理解した。
そして、ノアは、剣を引き抜き、後ろへと高く跳び、邪神からある程度、距離を取ると―――――
「ルナ・ライトニング!!」
ルナ・エファリスの剣先から、一筋の雷撃のような光を放ち、邪神に直撃させた。
「ぐあぁっ……!! な、なぜだっ!? この世界で、なぜ勇者にこれほどの力がっ……!!」
狂ったように揺らめく影から、ノアは剣を抜くと、距離を取った。その様子を、相変わらずの憎たらしい笑顔で見ていたゼノンが、邪神の言葉に答えた。
「邪神が絶望を糧にするなら、勇者はその逆です。ですが、こんな世界じゃ、普通であれば希望の力など得られないでしょうね。……普通であれば、の話ですが」
そこで、ゼノンはコツ、コツ……と、歩きながら、ノアの方へ行き、その頭をポンポンと撫でた。ノアが不思議そうに、ゼノンを見上げるのをよそに、ゼノンは言った。
「この子は、私と行動することで、奇跡や希望の類いを嫌と言うほど見てきたのですよ。『光が強いほど影は濃くなる』というのは正しいですが、それを打ち破る光もまた、さらにその輝きを増すのです。過去一番強くなっていたのは、あなただけではなかったんですよ」
「ぐぅっ……おのれっ……!!」
邪神ヘルグはその最期に、勇者ノア・フェアリーベルにその影を伸ばしながら……。
「くくっ……これで終わりだと……思うなよ。真の脅威は、果てしなく強大なものだ―――――」
……その影が届くことはなく、塵となって消えた。
―――――――――――――――――
ルルカの転移魔法で、再びエファリスの地上へと戻った俺たちは、ゼノンとノアを差し置いて、夢でも見ているかのような気分で会話していた。
「……なぁ、なんか一瞬で終わったぞ……ラスボス戦」
「てか、ノア強すぎじゃない……? 私たちいらなくない?」
「ノア様が……勇者……ノア様……勇者……」
そんな。ぽわぽわとした状態の俺たちに対し、ゼノンはいつものテンションで言った。
「はい、これでこの世界の物語は終わりましたね」
ふぇぇ……。またなんかとんでもないこと言い始めたよぉ……。もういろいろと脳の処理が追い付いてないのにぃ……。
「終わりって……そりゃどういう意味だよ」
「そのままの意味です。もともとこの世界は、世界を絶望で満たそうとする邪神の野望を、神の遣いとして育てられた少女が勇者となって戦う、というシナリオだったのですから」
「は? じゃあ魔王はガチでいないの?」
「まぁいたんでしょうけど、こんな世界じゃとっくに死んでるでしょう」
マジかよ。てことは、本来ならこの世界はここで大団円だったってことか……。
まぁ、そのエンディングを確実なものにするはずの転生者によって、未だこの世界はハッピーとは言えない状態のままであるのだが。なんとも皮肉な話である。
「でもさ、でもさ? ゼノンはいつからノアが勇者だと思ってたの?」
不思議そうに首を傾げるルルカに、ゼノンはキョトンとした顔で答えた。
「会った時からですが」
こいつマジか。
なんでそんな大事な事を最初から言わないの? ……あぁ、こいつの楽しみ方的に、そういうことは絶対言わないかー……なんて一人で勝手に解決していると、ノアが口に手を当てながら、興奮気味に聞いた。
「え、ということは、ゼノン様があの村で私を助けてくれた理由って……」
「ええ、『主人公』を救ったのです。貴女がいなければ話が始まりませんから」
「コータ君はもちろんついでです」と付け加える高次元さんに、俺はもはやツッコむ気力もなく、ただただ(はぇ~)とまぬけな驚き方をするしかなかった。
「まぁ、ノア様が勇者であることは理解した。だが、ルナ・エファリスに、ほとんど力は残っていなかったのだろう? いくらノア様自身が、旅の中で希望の力を得たとはいえ、一撃で邪神を倒すなんて……」
「ええ、なのでこちらを使わせていただきました」
そう言いながら、ゼノンが指をパチン、と鳴らすと。
「ミラーボールです」
エファリスをダンシングなナイトにした、例のふざけた道具を手元に召喚した。
「ミラーボールかよっ! またミラーボールなのかよっ!」
「またミラーボールです。だってこちらには、エファリス市民が注いだ光魔法が、まだたくさんつまってますからね。これをルナ・エファリスに注いだのです。よってこれはエファリス全体で勝ち取った勝利なのですよ」
「めでたしめでたし」と言いながら、わざとらしく目元を拭うゼノン。そのふるまいは相変わらず癪に障るが、またうまいこと、この悪魔にしてやられたのだ。
やっぱりゼノンには敵わない……と、一人染々思っていると、ゼノンは「あっ」と、いきなり思い出したかのように言った。
「そういえば、まだ解決していない件がありましたね」
そして、ゼノンはミラーボールをかかげ、再び指をパチン、と鳴らすと。
「はい、連れてきましたよ」
ミラーボールがはじけ、中からノアの両親が出てきた。
もうなんなんだマジで……。こいつ、ラノベ作家よりマジシャンでも目指した方が儲かるんじゃないの?
「な、なんだぁ!?」
「ひっ……!」
ほらご両親もこの反応じゃん……。
ゼノン以外の人間がアワアワする中、ノアの母があることに気づいたのか、その口を開いた。
「ちょ、ちょっと……もしかしてあなた……」
勇者(ちょっとセクシーな格好)になった娘を凝視しながら、恐る恐る問いかける。ノアはそこで背筋をピン、とさせると、しどろもどろになりながら言った。
「あ、えっと、はい……ノアです……」
その様子を見て、次に口を開いたのは父の方だった。
「……その手にしている剣は……もしかして、ルナ・エファリス…………なのか?」
「……うん」
ノアが、ルナ・エファリスの柄を撫でながら呟いた。
驚愕している両親を見て、俺の横でルルカが小声で「どうだっ」と呟いた。
自分の娘を『勇者じゃない』という理由で見限ったのだから、この展開はまさしくスカッとするやつである。ルルカの反応はもちろんのものなのだが……。
なぜか、ノアの両親は、悲しげな顔をしていた。
「あ、あれ……?」
ルルカが拍子抜けしているのをよそに、両親はフラフラとした足取りで、娘の方に近付いていき―――――――
その小さな体を、そっと優しく抱き締めた。
「え、なに、どゆことなの?」
「俺もさっぱり分からん」
予想外の行動に、俺たちが唖然とする中、その様子をリンファだけが真剣な眼差しで見ていた。
ノアが、どうしたらいいか分からないといった表情をしていると、父が、ようやくその口を開いた。
「勇者に……なってしまったんだな」
俺は、どこまでも悲しげな様子でいるその背中を見つめながら、なんとなくに、その真意を理解してしまった。
この二人は、ノアが勇者になれなかったから、突き放したわけではなかったんだ。
ノアに、勇者の素質があったから、突き放したのだ。
「あの、お父さん、お母さん……」
そう呼び掛ける娘の声に、二人がそっと、その抱擁から開放させる。そして、キョトンとするノアに、母は言った。
「……ごめんね、ノア。あなたには、本当は勇者になって欲しくなかった」
「え……」
その母に追随するように、父が言った。
「実はな、ノア。お前のところに来た勇者適性は……合格していたんだ。だが、この世界は今や、邪神よりも恐ろしい転生者が横暴する世界……。そんな世界の命運を、大事な一人娘に託すことは……どうしてもできなかった」
「で、でも……。適性はあくまで適性で、私が必ず勇者になるとは限らなかったはず……」
ノアの言い分に、代わりに答えたのはゼノンだった。
「ノアさんには勇者と思われる要素が何点かありましたからね。コータ君は気付かなかったみたいですが」
「は?」
「例えば、シスターなのに治癒魔法が不得意とか。ただの異世界人なのに、転生者レベルのチート加護があるとか。大会で負傷したコータ君を担いだ時は、以外と軽々と持ち上げてたりとか」
「でも、ノアは剣術も不得意だったって……」
「そりゃ、ルナ・エファリスはレイピア……“刺突剣”ですからね。通常の剣での演習では、その真価を発揮できなくて当たり前です。……もっとも、古い伝承のみでは、エファリスの人たちも剣の種類までは分からなかったみたいですが」




