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「この度は、危ないところを、助けて頂いてありがとうございました……その上に、貴重なお肉までお分けしていただいて、感謝の言葉もありません」
恰幅の良い中年の男は、ドルネコと名乗った。北にある人間の国、グリーンランドの商人ということだ。
思った通り、ドワーフ王国から仕入れた品をグリーンランドに運ぶ最中だったらしい。
まあ、命がけで樹海を突っ切ろうという人です。真っ当な商人とも思えないので、深く素性を聞くのは止めておこうと思います。
ドルネコさんは、揉み手で僕たちの機嫌を伺いながら、人の良さそうな笑顔を浮かべているが、目は笑っていない。
「ぜひ、このお礼をさせて頂きたいのですが、あいにく、今は持ち合わせもなく……」
「ブツブツ……」
「いや、お礼だなんて。
でも、頂けるのなら服を少々、分けて頂きたいんですけど……」
姉さんは、僕の後ろに隠れて、ブツブツと僕の耳元に囁いている。
人間嫌いと言っていたけど、ここまで酷いとはビックリしたな。
僕は、姉さんの囁きをドルネコさんに伝えていた。
今まで姉さんに助けてもらってばかりだったので、僕は妙に張り切っている。
「ええ、そんな物でよろしければ、幾らでもご用意します。これ、洋服の良いところを持って来なさい」
ドルネコが言うと、従者が、貴族が着るような見事な洋服を持って来た。
「ブツブツ……」
「いや、こんな高価な品ではなくて……その普段着で良いんです」
「えっ?……普通の服でよろしいので?」
「はい。みなさんが着ているような普通の服でお願いします」
「はあ、分かりました。これ、予備の服をこの方達に……」
ドルネコさんは、納得いかないようだったけど、僕たちは、常々、このブカブカの服を何とかしたいと思っていたので、これは思わぬ収穫だった。
「ところで、よろしければ、貴方たちのお名前をお聞かせねがえませんか?」
「ブツブツ……」
「この人は僕の姉さんで、名前は右手と言います」
「ミギテさん? ほう、珍しい名前ですね。失礼ですが、辺境の方ですか?」
「まあ、そんなところです。そして、僕の名前は〇んぽです」
「……ティンパさん?」
「いえ、〇んぽです」
「……トィンポさん?」
「いえ、〇んぽです」
「……ティンポさん?」
どうしても、〇んぽと言いたくないらしい。仕方がないのでティンポということにした。
どうせ、これっきりの関係だし、別にいいや。
「おーい、肉が焼けたぞー!」
「おー! 久しぶりだなー」
「じゅるり! にく! にく! にく!」
夕方まで時間はありますが、早めの晩ご飯のようです。
今まで、碌な食事をしてこなかったのか、イノシシが焼ける芳ばしい香りに我慢できず、男達が大騒ぎしています。
「全く、躾のなってない連中ですいません」
「ブツブツ……」
「いえいえ、喜んでもらえて何よりです。では、僕たちはこれで……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!
……大変、虫のいい話だとは承知しているのですが、この森を抜けるまで護衛をお願い出来ないでしょうか?」
「いや、それはちょっと……」
「いえ、もちろん、十分なお礼はさせて頂きます! どうかお願いします!」
この人たちは密輸人のようだけど、悪い人達には見えなかった。
それに、あんな、イノシシにも手こずるようでは、生きてこの森を抜けれそうにないし。面倒だけど、関わってしまったからには仕方がないです。ほっておいて死なれたら、後味が悪いので……
「ブツブツ……」
「はあ……じゃ、森の出口まで護衛しますんで、少し、物資を分けてもらえますか?」
ただで助けるのもシャクなので物資を分けてもらえと、姉さんに言われました。
「ええ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
そんなわけで、僕たちは森の出口までドルネコ一行を護衛する代わりに、武器や、防具、工具類、調味料などの物資を分けてもらうことになりました。