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「うわー! オットコヌシだー! トムがやられたぞ!」
「待て! 待て! 逃げるなー! 戦うんだ!」
「そこ! 列を乱すなー! 囲め! 囲め!」
飛び交う怒号、相当に混乱している様子だ。
「姉さん……」
「行くで……」
これだけの大騒ぎなら足音を気にすることもない。僕たちは急ぎ足で声のする方に向かった。
「なんや、あれ?」
「イノシシ?」
男達がイノシシを囲んでいる。イノシシといっても、この世界のそれは化け物級だ。乗用車くらいの大きさはある。
だけど、それにしても情けなくはないか? 大勢の男達が一匹のイノシシに狼狽し、大声をあげて、狂ったように槍を振っている。
「なんで、はよ仕留めんのや? 動物愛護か?」
「いや、ビビっているみたいですよ」
まあ、よく考えてみれば、ここの人達は、普通に殴ってこいつを倒すんだ。僕だって、自力でやれと言われも、とても出来ない。全ては姉さんがいたこらこそだ。
そう考えると少し可哀想な気もした。
「どうしましょう?」
「うーん、もう少し見てみるか」
男たちは歴戦の戦士のような面構えだ。もしかしたら、自分たちでなんとかするかもしれない。僕たちは黙って様子を見守ることにした。
「うわー! キムもやられたぞ!」
「隊長無理です! もう、逃げましょう!」
「逃げろ! 逃げろ!」
「背を見せるな! やられるぞ!」
ブンッ! ドサッ! ドタっ!
弱い……弱すぎる! イノシシの鼻先で投げ飛ばされる男達、このままでは死人も出そうだ。
「仕方ないのう……」
「やるんですか?」
「同じ人間やしな、ほっとけんやろう。まっ、あんだけ弱いねんから、助けても危険やないやろ」
懐から小石を取り出す。小石なんて、そこら中にあるけど、いざという時に足元に無ければ意味がない。だから、常に小石を持ち歩いている。姉さんは、いつだって抜かりはないのだ!
「おい、お前ら、どかんかい!」
ズゴォォォォン!!!
投げた石が男達の頭上を超えて、大木に激突し、幹が跡形もなく吹き飛ばされた。威嚇射撃だ。
「うわー! なんだー!」
「新手かー! 逃げろー!」
「うわー! うわー!」
蜘蛛の子を散らしたように、男達が逃げ出した。情けない奴らだ。だが、これで気兼ねなく、イノシシに専念できる。あんなにイノシシの近くにいられたら邪魔すぎる。
すすっとイノシシの正面にでる姉さん。
「おい、なんだ!あの子は?」
「ここは、ナラの樹海だぞ? なんであんな子供が!?」
「魔族じゃないのか?」
「いや、あれは人間だ!」
口々に声を上げる男達をよそに、イノシシは荒い鼻息を姉さんに向けた。
地面を引っ掻く前足を止め、今にも突進してきそうだ。小石を掲げて構える姉さん。
ブホォォォ!!
来たっ!
巨体を揺らしながら、一直線に向かって来るイノシシ。
しかし、所詮は、獣……姉さんの良いマトだ。
ふふふ、僕の、姉さんの恐ろしさを知るがいい!
ヒュン! ドボォッ!!
肉の爆ぜる鈍い音、男達は状況が理解できなかった。
倒れ込むイノシシ、体に大きな穴を開けて、前足を細かく痙攣させている。
何が起こったか、分からない。しかし、この少女がイノシシを仕留めたことは明らかだ。
目の前の光景に思考が追いつかず、声のでない男達。
「おし、今日の晩御飯は、これやな……」
ぽつりと漏らした姉さんの独り言が、やけにハッキリと聞こえた。