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あれから、僕たちは、お互いが、正也さんの身体の一部であったことを確認した。
右手姉さんは三か月前に、こっちの世界に来たらしい。
正也さんの右手は、その頃もあったけど、転生の時間軸にはズレがあるのかな?
この辺は考えても分からなかった。
そうこうしているうちに、すっかり日も沈み、肌寒くなってきた。
右手姉さんから予備の服を借りてなかったら、死なないにしても、厳しい状況に追い込まれていたに違いない。
姉さんは手際よく焚き火を起こすと、リュックの中から取り出した肉片を小枝に突き刺し、炙り始めた。
ゴクリ……肉のこんがり焼ける良い匂いが漂う。思わず喉がなります。
「……そうか~、大変だったな~。ほい、焼けたぞ! 食え」
「えっ? いいんですか?」
「あたり前やろ、お前は弟みたいなもんや! 食えや」
「あ、ありがとうございます! あ、あち!」
「きーつけや、端っこもたなあかんで」
「はい!」
お、おいしい! すっかり腹ペコになっていた僕は、遠慮なく串肉を平らげていく。
想像では、右手姉さんは、聖母のような人だと思っていたけど、実際に見ると、大阪弁の不良少女みたいな人だった。でも、僕には分かっているんだ。この人の優しさが!
驚いたことに、姉さんはこの世界について、色々なことを知っていた。
ここはやっぱり異世界のようで、名はカーデシアというようです。
僕が住んでいた地球と似ている点も多いけど、違いもありました。
地球では人間が王者だったけど、ここの王者は人間ではありません。
ここでは、人間は数ある有力種族の一つでしかなく、魔族、魔物、亜人、様々な生き物が地上を闊歩しているのです。
魔族や亜人の力は、人間を遥かに凌駕していて、人間はその数と狡猾な外交戦略によって、なんとか勢力を保っていますが、その未来は暗く、絶滅危惧種のような存在だということです。
僕たちがいるこの場所は、この世界の中央部、ナラの樹海という場所でした。
姉さんから魔物が闊歩するこの森の事情を聞いて、背筋が寒くなってしましました。
「右手姉さんは、ここに来て三か月なんでしょう? 何でそんなに色々知っているの?」
姉さんは、空を指差して答える。
「あれや、脳から聞いたんや」
「えっ! 脳兄さんもここにいるんですか?」
「んー? お前は聞こえないんかい? 脳の話し声が」
「話し声?」
姉さんが脳兄さんのこと話してくれました。兄さんも大分前に異世界に転生したようです。ただ、兄さんは僕らと違って受肉はせず、精神体? となって宙を漂っていたそうです。
「あいつの能力はな、全知や。
よー分からんけど、アカシックレコードとやらにアクセスして色んなことを知ることができるねんと。
それで、うちに必要な知識を教えてくれたんや。あいつがおらんかったら、ヤバかったでマジで」
「へー、すごいなー、脳兄さんは」
「ちょっと、待ってな……」
姉さんが、額に指を当てて、ブツブツしゃべり始めた。
「うんうん、ほーか、ほーか、でも、チン〇にも繋げなあかんやろ……かー、せやから、言うとるやんけ! もう、ええわ! とにかくはよせーや」
怒ったような声を出し、指を離した。
「脳の奴もな、今、いっぱいいっぱいみたいでな。チン〇との通話回路を繋げてる余力がない言うてるわ。まー、そのうち、連絡あるやろ。気長に待っとき」
姉さんの話によると兄さんの全知という能力は、全てを知るというものらしいのですが、そう簡単なものでもないといいます。
例えるなら、図書館で本を借りる行為に近いということです。従って本を借りるだけでは、知識は身につきません。本を読む必要があります。読むと言っても、自ずから限界もあるだろうし、本当の意味での全知に辿りつくことは、ないのかもしれないとのことです。ともかく、今は、その読書に忙しく、僕に構っている時間はないということなのです。
「はい。でも、嬉しいです! もしかして他の器官も異世界に来ていたりするんですか?」
「いや、知ってるのは、脳とお前だけや」
「そうですか……ところで能力ってなんですか? この世界では、そんなものがあるんですか?」
右手姉さんがニヤリと笑う。
「いや、能力者は、脳やウチ、お前みたいな特別な人間しか持っておらんよ」
そう言うと姉さんは、そばに落ちていた石ころを拾う。
ヒュン! ズドン!!
何気なく投げた石ころが、弾丸のような速さで飛んでいき、木の幹に当たって破裂した。
人に当たれば、殺してしまいそうなほどの恐ろしい威力だ。
唖然とする僕に。
「うちの能力は、これや。この手に掴んだ物を武器に変える能力、『器用な利き腕』や。脳のサポートと、この能力が無かったら、ほんま御陀仏やったで、しかし」
「す、すごいです! 僕も何か能力があるんでしょうか?」
「たぶんな、でもこればかりは、自分で見つけるしかないで」
「脳兄さんは分からないですか?」
「分かるんやろうなー、でも膨大な情報からそれを探し出すんやで、いつになるんか分からんわ。自分で探した方が早いで」
「そうですか、でも、ワクワクします。僕も姉さんみたいにかっこいい能力がいいなー」
「ふふふ、この世界はな、基本的に、暗くなったら寝るんや、今日はもう寝て、明日から精出せや」
姉さんはそう言って、僕の頭を撫でてくれた。
エヘヘへ、嬉しいな。やっぱり姉さんは優しい人だ。
僕は、頭に乗せられた手を握った。
途端、頭の中に不思議な声が響いた。
《強制妊娠レベル1:雌ト接触シマシタ。妊娠サセマスカ?》
何だ、これ?