自爆魔法!
異世界譚、頑張ります
今、俺の目の前には化け物がいる。
「ノア!逃げるぞ、あれはAランクのモンスターだ!俺たちじゃあ太刀打ちできない!」
親友であり同じ騎士見習いであるイーサン・バトラーが声をかけてくるが、俺ーー子爵家長男、ノア・サムセットは引かなかった。金色の少し長めの髪、この国ではあまりいない赤い瞳、そして腕に着いたブレスレッドが特徴の細身な俺は親友の言葉を無視して化け物に対峙した。そんなことはわかっていた。
そして相手が易々と逃してくれないことも、ノアは理解していた。一緒に逃げたら、3人とも恐らく死ぬだろう、ということも。
相手の化け物ーー頭の3つに裂かれた蛇のようなモンスターは、恐らく文献にあったオロチというAランクモンスターだ。それが頭が3つに分かれているということは、それの特異種かも知れない。
王都のすぐ近くということもあり、最も優しいダンジョンと謳われたギレム平野、平均モンスターランクが最高でもCのこの場所に、こんな化け物がいるなんて誰が想像できるだろうか?
しかしそんな考察は彼にとっては無駄なことだ。彼にとって大切なことは、自分の婚約者と親友が逃げ切れる時間を稼げるかという一点に尽きる。
ノアは、このモンスターを限界まで引きつけて、親友と婚約者が逃げる時間を稼ぐつもりでいた。
はぁ、なんでこんなことになったのやらーー
あたりの絶望的状況に自暴自棄になりそうになりながらも、ノアは自分のよく回ると言われた頭を人差し指で軽く掻いた。
◇◇◇
「よし!じゃあ向かうか!森に」
「はぁ...はいはい、わかりましたよ」
ケイアポリス王国は、貴族家と騎士団の微妙な違いがある。昔の国の支配体系では、貴族とは、そのまま領地を治めて戦いも兼任する存在であったようだけど、今のケイアポリス王国は貴族と騎士団で、完全に住み分けができてしまっている。
具体的に言えば、有事の時に兵士を率いて戦ったり、街の治安を守ったりするのが騎士団で、その土地を所有して治める役人のような仕事をしているのが貴族である。勿論、貴族も自衛などの意味を込めて兵隊を持ってはいるが、それはあくまでも護衛的な意味合いであり、戦力ではない。大領主でも数十人、貧乏貴族だと1人もいない
まぁ、戦場に出たがる貴族がいたり、戦場での糧食運搬などで頭脳労働をしている騎士団の人もいるから、まだ曖昧な部分もあるところもあるけど。
え?そんな半端なところがあるんだって?あるんだよ、何故なら、うちがその半端な子爵家だからさ。
元々1000年ぐらい前までは有力な武闘派豪族だった僕たちの一族を併合して貴族にしたのが今の王国。祖先の血か僕の両親もバリバリの武闘派で、母さんも剣さえ持てばその辺の騎士なら瞬殺してしまうレベルの剣士で、僕の師匠だ。
まぁ、そんな両親だからこそ、今回みたいにイーサンに平原ダンジョンの探索に誘われても、断ることができないばかりか
「是非行きなさい!剣の調子はどうだ!?あのダンジョンは緩い、なんならモンスター役で出ようか?」
とまで言いだす始末だろう。お断りしたい。
イーサン・バトラー...大柄で小ざっぱりした髪と、屈託の無い笑顔で兄貴肌として同い年の面々の中で慕われているが、僕だけはその中の計算高い感情を知っている。そして、言わずと知れた王国軍騎士団長、ルーカン・バトラーの5男である。
正妻から生まれた子供の中でですら3男なため、父の後を継いで騎士団長になるようなことはないだろうが...
「ノアーーーーっ!私も行くよ!」
「エヴァ!今日は奥深くまで行くから、危ないから連れて行かないよ!」
エヴァドニ・バス、美しい黄金の金髪を持つ彼女は、僕の婚約者だ。今日も蒼い瞳が可愛いな。
手にゴツい大弓を携えて、動きやすい服装に身を固めてなきゃなぁ。
「よしノア、上官命令だ、エヴァも連れて行くぞ。エヴァの作る弁当は美味い。」
「今までで12番目くらいに殺意の湧く命令ありがとうございます、Aランクのモンスターでも出れば、ここにいい餌があるのに。」
「12回もノア、イーサンに殺意の湧く命令されてるんだね...ご愁傷様」
「お前許嫁にもっとフォローすることあるだろ」
「はいはーい、バカップルっぷりもそこまでにして、森に行くぞ」
「「バカップルじゃない!!!」」
イーサンの奴、王城にいるグリーン様から色々教えて貰ってるんだな。いいな〜
グリーン・ドラモンド
ここ数年の功績でガウェイン王より爵位をもらった神器使いだ、3年前に起こった人魔戦争は記憶に新しい。
魔族の襲来により、帝国は滅亡の危機に立たされ、王国も多数の犠牲者を出した。その時に活躍したのがグリーン様だ。画期的な戦略と自らが配下にした特殊な兵を操り、たった1部隊で一個師団と同等の戦略を持ち、左陣を支え抜き、魔王に打ち勝った英雄。そして邪神との戦いでも多大な功績を挙げたらしい。
今は赴任された土地の開墾に精を出しているともっぱらの噂だ。もっと良い報酬でも良いと思うがなぁ。王国を実質救ってるんだよ?でも、人魔大戦で一家絶望で荒れちの危機なんて問題ザラにあって、今でも女性の当主が頑張っている土地など普通にあったりするらしいし。
「ついたぞ!ギレム平野だ!今日も狩りまくるぞ」
「レッツゴーだっけ、イーサン?」
「あぁ、そうだ!レッツゴーだ!」
「あっつ苦しいなぁ」
これがこの3人のいつもの日常だ、集まって、狩に行って、家に泥だらけで帰ってくる。だから、俺は今日も同じ日々が続くって信じてたんだ。
こんな普通な日々が、一瞬で壊れてしまうなんて、思わなかったんだ。
◇◇◇
「良いから行けっ!」
「でも...」
「この中で一番足が速いのは俺だっ!早く行け! 」
背後から走り去る足音がした、迷っている時間が長ければ長いほど不利になる。イーサンもエヴァも、狩り歴は長いのだ、そんなこと100も承知だった。勝てない相手は逃げる。それは戦士としては当然の考え方だったが、相手が強すぎる場合は...どうしたらいいんだろう?
目の前の怪物は、オロチ (すらも見たことはないので断定はできないが)と呼ぶにはあまりにも巨大すぎた。
剣を抜いてオロチと対峙したその次の瞬間、ノアの体は宙に浮き、近くの巨木に叩きつけられていた。
「ガハッ...」
一体どんなスピードとパワーだよ...
ちらりと目にした自前の剣は、ぽっきりと折れてしまっていた。あーあ、せっかく自分で魔物を狩って稼いだ金なのに。
次に来るオロチの頭突きをノアは横っ跳びになって交わす。
はぁ、なんでこんな目にあったのやらーー
ノアは、諦めたかのように剣を棄てた。見ればわかる、こいつには勝てない、勝てるとすれば、神話の勇者か、それともグリーン様みたいな英雄と呼ばれる存在くらいだろう。
父さんや母さんも、この化け物には勝てないだろう。
俺にはこの化け物に勝つ手段が存在した、昔、両親と約束した、この魔法は絶対に使わないようにと、家の秘宝として封じられて来たブレスレットを、彼は力強く外した。
途端、彼の体からあまりに多量の魔力が吹き出し、あのオロチをも仰け反らせる。しかしオロチは止まらず、ノアを呑み込もうと口を開けて迫っていた。
俺は両親との約束を破る。
大切な友と
大切な人を守るために。
彼の持っている魔力量は異質だった、彼は極秘でライト王子に呼び出され、その絶対の魔力量を魔導ゴーレムに流動していたのだ。
アイテールをも止めた絶対的破壊力、あれは王国に存在する魔法使い全員の力を込めたものである。
4割、この数は、彼が魔導ゴーレムに込めた魔力量の対比だ。王国に従事している魔法使いの中で最高の魔力量を誇ったが、彼の持つ魔法はーーー
その魔力量を補って余りあるほどに特異過ぎた。
体が熱い、俺の「あの一言」を引き出そうと、体の中にある魔力が暴走を始めていた。体の中の血管に沿わない赤い線が俺の身体中に広がって縦に伸び始める。
「体に巡る種火よ、その火を燃やし、最後の灯火を守り給え」
俺は今、心から出ている詠唱をそのまま唱え始める。
その詠唱は自爆魔法をより高い威力に昇華させる魔法。俺の最後の願いを形にする。
準備完了だ。
オロチが俺の体を呑み込む。オロチの鋭い牙が俺を刺し殺す前に、俺は今まであった人間のことを思い浮かべてこう叫んだ。
「暴走しろ、起爆しろ爆発せよ「自爆魔法
途端、身体中から赤い光が漏れ出し、爆発音とともに、子爵家長男、ノア・サムセットの意識は永久に消えたーーーーーー
かに思えた。
「良かった、ノア!!」
起きたら僕は素っ裸
膝枕してくれているのは正真正銘僕の許嫁、エヴァ
隣で涙でぐしょぐしょになっているのは、俺の大親友、イーサンだった。
「へぇ?」
一体何が、どうなっているの?
初回から急展開!?