冷静にならなきゃいけないんだよ
夜、ケビンとまったりしていたら騎士達が慌ただしくやって来て、あの元側妃が脱獄したと報告した。
「すまない、雪花」
ケビンは騎士団に行き、情報を確認すると騎士達と出ていった。
ケビンが騎士団に行ってしばらくしてからじいが来た。
「若奥様、ソラ達を見ませんでしたか?」
「え?」
「実はまだ戻ってきておらぬのです」
この時間まで戻らなかった事は、今まで無かったと話すじい。
「皆で手分けして探そう!」
「かしこまりました」
微かに鳴っていたアラームには、気がつかないふりをした。結局子供達は見つからず、私は一度帰宅するように言われた。魔法も使えず身体能力も高くない私では足手まといにしかならない。
そして、私は自室に1通の手紙をみつけた。
『子供達は預かっている。返してほしければ、一人で城壁の大けやきの木まで来い』
アラームが鳴り響く。うるさいけど、今回は警告を無視した。手紙は私が読み終えると自動で燃えた。
手紙の複製を机と玄関に置いてから移動する。馬鹿め。私が複製できると知らなかったのだろう。
騎士達には悪いが、ペンダントで『隠蔽』を使い気がつかれないように外に出た。
城壁の大けやきは、この国で一番大きな木だ。迷うことなくひたすら走る。ようやくついて呼吸を整えていたら、声をかけられた。アラームがうるさくて、気がつかなかった。
「セツ姉?」
「トラ君…」
まずい。隠蔽を解除するんじゃなかった。このままではこの子まで巻き込まれてしまう。
「なんでセツ姉がここに?帰ったんじゃなかったのか??」
「わ、私…ソラ君達が心配で…か、帰るから大丈夫だよ」
トラ君はため息を吐いた。
「俺じゃ頼りないかもしんないけど、家まで送るよ。セツ姉だけでなんて危ねーだろ」
うああああ、その優しさが今は辛い。どうする、どうしたら…アラームが最大音量で鳴り出した。トラ君の背後に、誰かいる!
「トラ君、避けて!」
「!!」
流石は猫科。素晴らしい身のこなしで転げて回避した。
「…捕まえましたよ」
何か薬品を嗅がされたがペンダントの効果で一瞬で回復する。出力を下げて私を捕らえた男を結界で弾かないよう調整した。
捕まった子供達の所に案内させるために動けないふりするしかない。薄目で確認する。元側妃の夫の騎士だ。脱獄させたのもこいつなんじゃないかな?
「セツ姉!」
「女を殺されたくなければ、動くな」
「………くっ……」
ああ、トラ君も捕まってしまった。下手に逃がす方が危ないし、仕方ない。
「!」
乱暴に恐らく馬車へ放り投げられて、ペンダントが作動してしまった。腹を打ち付けなかったのはよかったが、ペンダントに気づかれてしまった。
「…これか」
ペンダントを千切られ、草むらに捨てられる。コノヤロウ、あれはケビンからのプレゼントなのに。まぁいい。予定通りだ。
「セツ姉に触んな!」
トラ君が飛びかかり、蹴られたのが見えた。
「ぐうっ…」
「死にたくなければ…そこのガキ共みたいに痛めつけられたくなければ大人しくすることだな!」
馬車の奥に、何か…ソラ君達が倒れていた。
「ソラ!?」
「にーに…」
弱々しいソラ君の声。他の子達は動かない。まだだ。今は動けない。動いても私には何もできない。
本気で殺したい、と初めて思った。
馬車が走り出したお陰でペンダントはこの手に戻っている。問題はいつ動くか。
冷静になれ、子供達を救う手だてを考えろ。頭を回転させろ。今この子達を助けられるのは私だけだ。 冷静に、冷静に……
最速でペンダントに任意で装備者以外の防護結界を刻み込み、瞬時に作動させた。
「なんだ!?」
全員に防護結界が展開する。トラ君も側に抱き寄せた。
「セツねぇ…ごめ……」
肋骨が折れている。すぐ癒し、灯りをつけて子供達を見た。ソラ君は気絶したらしい。
ひどい
ゆるせない
ころしてやる
この子達がなにをした
怒りで目の前が真っ赤になったが懸命に心を落ち着かせる。
冷静に…冷静に…正確に治癒を発動させなくてはならない。子供達は全員生きてはいたが、瀕死だった。全員が酷い怪我をしていた。
こいつらが馬鹿でよかった。別の場所に捕らえられた子がいたら大変だった。
治さなきゃ。
痕ひとつ残さない。
治さなきゃ。
痛いところなんてないように。
治さなきゃ。
集中しなきゃ。怒りも後悔も悲しみも…全部、全部後でいい!
「セツ姉…泣かないで。獣人は丈夫だ。誰も死んでない」
トラ君が私を撫でた。泣いていたらしい。気がつかなかった。
「無理だよ、泣くよ!私の家族がこんな……私のせいで……」
「セツ姉のせいじゃねえよ!」
トラ君は必死で私を慰めようとしてくれる。
特に怪我が酷かったのはシロウ君。探しに行ってからなのか最初からいたのかはわからないが、一番酷くてなかなか治らなかった。きっとソラ君達を守ろうとしたんだろう。
よく見れば誘拐犯達もボロボロだ。あの猫の引っ掻き傷はソラ君、あの蹄の痕はエド君、つついた傷はトーワ君。あの噛み傷はルル君…皆、頑張って戦ったんだ。
「…おねちゃ…?」
「ソラ君!」
「ソラ!」
「にーに、おねちゃ…ごめちゃ…チョラ、がんばったけど…おねちゃ…ぶじ?」
「お姉ちゃんは意外と強いから大丈夫だよ」
「うん…」
「お姉ちゃんが守るから、大丈夫だよ…」
今は全員の結界を繋げてひとつにしてある。さっきから誘拐犯が結界をどーにかしようとしているが、無駄でぇぇす!人間の力で壊せるようなやわな結界をはるわけないでしょ!
元側妃の騎士を睨みつけた。先ずは、相手の目的を聞かなくてはならない。そして、ペンダントの魔力にも限りがある。今後も自動障壁は使う可能性があるし、消費を抑えなくてはいけない。
それに、必ずケビンは私にたどり着くから…絶対助けに来てくれるから…
私は、彼を待てばいい。