悪夢と救いなんだよ
元側妃視点になります。
耳を塞いで、ただひたすらに耐えた。私は悪くなんかない。自分達の無能と罪を棚にあげて私を批判するなんておかしい。
「騒がしいな」
凛とした声が響いた。毎日聞いていた声だ、間違いようもない!
「陛下…!」
笑顔を作ろうとして失敗した。その傍らに、憎くて仕方ない女がいたから。
「元気そうだな」
陛下は変わらない。普段通りに話しかけてきた。頭をフル回転させる。これがきっと最後のチャンスだ。この状況を打開できるのは陛下だけ。
「陛下…誤解なのです。私は何もしておりません。何故牢に閉じこめられねばならぬのですか」
「何も…か」
「はい!」
陛下は少し黙った。そして私を見て発言した。
「確かに、そなたは何もしておらぬ。そなたは手を下していない」
「陛下!」
「だが、お前は誘導し唆し…命令したな」
「!??」
「ソニアの件、知らぬとは言わせぬ。あれは確かに余命幾ばくもなかったが、お前の命令で毒を盛ったと聞いている」
ソニア…王太子を産んだ正妃は病に臥せっていた。正妃付きの信頼されていた侍女の子に毒を盛り、治療の対価に正妃を毒殺させた。金まで渡してやったのに、裏切ったらしい
「ケイティの事もだ。暗殺者ギルドへの依頼状が出た。暗殺者からの証言もある。言い訳は聞かぬ。お前は二度も我が愛する妻を殺した」
「陛下…」
憎い女が陛下に触れた。
「下賤な女のくせに、陛下に触れるな!」
離れようとした手を陛下が掴む。やめて、貴方のそんな優しい瞳は見たことがない…
「お前はまだ気がつかぬのか?これはケイティだ。我が正妃になるはずだった女だ。側妃ふぜいに下賤などと言われる女ではない。今度こそ正妃になるのだ!」
陛下は愛しげに獣女を撫でる。やめて、どうして!?
「私はな、お前と共倒れする予定であった。次代の王の即位と共にお前ら…この国の膿を放置した責任をとって処刑されるつもりだったのだ。ケイティ達のいない世界に未練などない…だが………」
陛下は愉しそうに笑った。だが、その瞳はどこまでも冷たくて……初めて『怖い』と思った。
「もうお前には何一つくれてはやらぬ。私の命も、正妃の座も!最高の女!?笑わせてくれる!お前のような最悪で醜悪な女など願い下げだ!!私がどれだけお前を憎んで、怨んで、愛するものを守れなかった無力感に嘆いたか知らぬだろう?何が夫婦か、馬鹿らしい!貴様と同じ空気を吸うだけで吐き気がするわ!!」
「え…?」
どういうこと?陛下は何をどこまで知っている?私を愛していなかった?憎んでいた??
「ケイティ…愛している。これからの人生は、お前と腹の子に捧げよう。二度と放さぬからな…」
「い、いやあああああああ!?」
陛下が優しく獣女に口づけた。嘘よ!こんなの嘘よ!!
「ケイティの腹にいるのは正真正銘我が子だ。お前とは閨を過ごそうと反応すらしなかった。私はお前を嫌悪している。楽に死ねると思うなよ?」
「あ…………あ…………」
冷たい瞳に嫌でも理解せざるをえなかった。陛下は私を憎み、すべての罪を露見させて自らも死ぬつもりだった。
私がいかに悪女であるかを世間に知らしめ、自らも責任をとるつもりだった。
だが、それすらもあの女に奪われた。
腹の子とあの女が、陛下に希望をもたらし、私を棄てさせた。
迂闊にも、へたりこんで俯いた私にあの下賤な獣女が近づいてきた。そうやって善人のふりをして陛下にとりいったのだろう。
あと少し、もう少し……
「………死ね、死ねエエエ!!」
髪飾りに仕込んでいたナイフを獣女の脳天に突き立て………
え?
何故あの獣女は無事なの?何故…私の右手首が……!!
「痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!!」
右手首がありえない方向に曲がっている!激痛に叫ぶしかできない!
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「………………………」
足が見えた。檻ごしにではなく、それは目の前にいた。
「影!よく来たわ!みんな殺して!いらないわ、私を嫌う陛下も、あの女も!!ああ、あの女は楽に殺してはだめよ!苦しめて屈辱を与えてから殺すのよ!!」
暗殺者すべてが捕らえられたなんて嘘だった。影とは正妃に仕える者。この国の暗部だ。
この影を使ってトップをすげ替えてしまえばいい。もう、陛下もいらないわ!!
「え?」
衝撃、轟音、そして、激痛。私は恐らく壁に叩きつけられた。影に蹴られたのだ。何故?お前は私の忠実な下僕だったでしょう!?曲がった右手首も悲鳴をあげる。痛くてたまらない。
「お…まえ…」
「まったく。こんな女に情けをかけてはいけませんよ、お頭」
影は私を見ず、獣女だけを見ている。ようやく私を見た影は、いつものようににっこりと笑った。
「ようやく我らの真の主が戻って参りました。貴女はもう、用済みです。我が主に傷をつけようとするなど…」
髪を引っ張られ、無理矢理立たされた。髪がごっそり抜ける。痛い!
「痛い痛い痛いぃぃ!!」
「やめろ、ミストル!」
「っち…お頭は相変わらず甘くていらっしゃる。こんなクソ女に殺されたりしないでくださいよ」
私から手を放すと影は消えた。私にはもう何もない。
王太子が何か話していたが、どうでもいい。私はここでみじめに死ぬしかないのだろう。
もう、いい。
精神的に疲弊した私は、気絶するように眠った。