悪夢が終わらないんだよ
側妃視点になります。
目が覚めたら、薄暗い部屋にいた。手足が鈍く痛み、これが『夢ではない』と伝えてくる。手足には枷がはめられている。ここは以前に見たことがある、一般用の牢獄のようだ。何故??何故私はこんな所にいるのだろう。
埃臭く、悪臭がする。部屋のすみにあるトイレがわりの壺のせいだ。思わず顔をしかめながら周囲を見回す。部屋のすみにボロボロの毛布があるだけだ。
「この馬鹿娘が!なんということをしてくれたのだ!」
向かいにも牢があり、声はそちから聞こえた。そちらにいたのは……
「おとうさま?」
公爵である実の父だった。自分の父だけあって、彼は美しい。どうやら他の父たちも皆捕らえられたらしい。下を向いてこちらを見ようともしない。
母は死去しており、いない。母がいたらどう言っただろうか。
「やかましい!お前のような罪人に、父と呼ばれたくないわ!お前のせいで私まで投獄されたのだぞ!!」
「…私のせいで?」
頭がうまく働かない。ようやく、気絶する直前の記憶を思い出せた。
あの発言はまずかったが、確たる証拠にはならない。錯乱していたと言えばそれまでだ。それだけで投獄されるとは思えないし、本来ならば貴人用の牢に入れられるべきだろう。
「お父様はお父様で何かしたのではなくて?私の発言だけで投獄されるとは考えにくいですわ」
私の言葉に、別の父が答えた。
「………知らせることができなかったから君は知らなかっただろうけど…僕らはここ最近、君の父の家以外の公爵家から圧力や妨害を受けていた」
また別の父が口を開いた。
「表だけでなく、裏の事業もだ。さらに悪いことに、暗殺ギルドはほぼ壊滅した。暗殺者達は全て捕らえられたんだ」
どういうことか、わかるだろう?彼らは言う。裏の事業には…暗殺ギルドには私も絡んでいた。顧客であり、元締めでもあった。それが露見したとあれば、確かにこの扱いも理解できる。まずい。
「何故私に知らせなかったのですか!?」
「知らせようとはしたが、警備が厳重すぎた。一度侵入した人間がいたからだろうね」
「…………………」
それはそうだろう。しかし、過去を悔いても仕方がない。私だけでもここから出る方法を考えなくてはならない。
しかし、王ですら動かせなかったあの3公爵を動かしたのは…誰だ?
さらに、私が動けない時期を狙って暗殺ギルドを潰す手際のよさ。まさかあのパーティも罠?いや…夫が私を裏切るわけがない……しかし、新しい夫であるレイヴンには婚約者がいた。彼が内通者だとすれば……いや、暗殺ギルドの事まではまだ知らないはずだ。
彼は私を愛しているはずだと、疑念を消した。だって最高の女に愛されているのだ。裏切る意味がわからない。
色々と考えていたら、何やら騒がしくなってきた。離せだの、関係ないだの、言い争っているようだ。
「おら、大人しく牢に入ってろ!」
尻を蹴飛ばされて向かいの牢に入った人間達に見覚えがあった。
「え……」
侯爵家の夫達だ。彼らはぶざまにも出してくれと泣きわめいている。まずい。私の夫で無事なのは昨日エスコートしていた二人だけだ。彼らは見目で選んだから、貴族ではあるが爵位は低い。彼らではこの状況をひっくり返すのは無理だろう。
いや、よく見たらカインの父である侯爵がこの場にいない。
しかしあれは王家の遠戚であるせいか不正を嫌うし、王側についてしまうだろう。王に似た美しい髪と瞳、真面目さだけが取り柄のつまらない男だ。唯一私を孕ませた男だが、仲はあまりよくなかった。私に小言ばかりでうるさく、いつも適当にあしらっていた。あれが私を助けることは恐らくないだろう。
ふと牢番が私を睨みつけているのに気がついた。
「俺は、あんたのせいで牢番になるはめになった。覚えてねぇか?」
「え?」
牢ごしに顔を見てみたが、全く覚えがない。醜い傷痕が顔にあり、あまり見たくもない。
「覚えてねぇんだろうな。今はまだ『容疑者』だから手出しできないが…罪が確定したら、覚悟してろよ。鞭打ち、火炙り…楽しみだなぁ!あんたを恨む人間は山ほどいるからな!」
愉しげに笑う男に、つい言ってしまった。
「わ、私が何をしたと言うの!?」
「何もしていないと?ふざけんな!!」
牢番の怒声に、騒いでいた夫達も静かになる。
「紅茶が気に入らなかったとあんたの機嫌を損ねただけで、俺は顔を傷つけられて侍従から牢番にさせられた。俺はまだいい方だ!一方的に解雇したり、他人の婚約者を脅して寝とったり…むしろやらかしてきた何を罪に問われるか、よーく考えとけ!!」
牢番は腹立たしげに牢を叩くと早足で去っていった。
「そうだ、お前が悪い!」
「そうだ!僕たちが囚われたのも、君のせいだ!!どうにかしろよ!!」
夫と父達に責められた。私だけが悪いわけじゃないわ!そう考えるが、このままでは拷問されかねない。あの牢番も覚えがないが私を恨んでいるようだ。
このままでは本当にまずい。必死で頭を使うが…いい案は出てこない。
私を罵倒する声達に、なんてひどい悪夢なんだろうと思った。
そろそろ100話が近づいてまいりました。記念イベントをしたいと考えております。詳細は活動報告をごらんくださいませ。