おかえりなさいは大事だよ
お義母様の高い高い…いや、高すぎる高すぎるが終了すると、男性陣はぐったりしていた。私は高すぎてちょっとスリルがあったものの、お義母様にはケビン並みの安心感があって気にならなかった。
「お義母様、質問です」
「おう、なんだセッカ。私とお前の仲だ、お義母様なんて堅苦しい呼び方はよせ。ケイティちゃんでいいぞ」
それはフレンドリーすぎやしないだろうか。嫁姑って難しい関係になりがちだけど、ケビンママと私は仲良くなれそうだ。私は妥協案を提示した。
「…ケイ様で」
「よし。で、なんだ?」
「ケイ様は、銀翼騎士なんですか?」
その鎧には見覚えがあった。消えた女性騎士団長は…ケビンママ?
「うん。銀翼の騎士団長だ。いや、すげー時間経ってるみたいだから、元騎士団長か?」
「いえ、お頭と共に銀翼騎士団は消えました。仕事をこなしながらではケビン様をお守りできませんでしたからな」
「…そうか。苦労をかけた」
「いえ。愛らしいぼっちゃまに、じいは父のような存在とまで言われるなど、わりと楽しく過ごしておりました。幼きぼっちゃまは素直で賢く、それはもうじいになついておられましたぞ」
「なんだそれ!羨ましい!」
「ほっほっほ」
追いかけっこをするケイ様とじい。おや?ケビンの耳と尻尾がしんなりしている。
「じい…やはり銀翼は…」
「…俺たち全員で決めたことだ。後悔はないし、間違った選択だとは今でも思ってない」
「ああ。優先順位の問題だ」
「それに俺は庭師を楽しんでるし、マサムネは料理が好きだ。ミストルとトールも今の仕事を気に入っている」
マサムネさん、マイケルさん、トールさんがケビンに優しく話しかけた。
「…つまり、うちの使用人さんが元銀翼騎士なの?」
「ああ。年若い奴は違うがな。他の面子は実家に帰ったりしてる」
マサムネさんが頷いた。ちなみにケビンの側にいるために話し合いから殴り合いに発展し、勝利したのが今の使用人達らしい。
「なるほど~」
「ところで、お頭を襲ったのはやはり側妃の手の者だったのですか?」
「ん~?わからん」
『お頭ぁぁ!!』
「あんた、なんでそんなボーッと生きてんだよ!」
「アバウトすぎだろ!」
ちょっとシュンとするケイ様、可愛い。
「いや、相手は覆面だったし、香水で臭いがわからんし…」
「香水で?暗殺者が香水なんか使いますかな?」
「あ……だなぁ」
じいのおかげで手がかりゼロではないようです。
「手がかりは無いわけじゃないようだな」
「しかし、お頭が崖から落とされるなんて何があったんです?」
「うん。白い髪で赤い目のガリガリ痩せぎすなガキが魔法使いでなぁ。そいつ、すげぇ強かったんだけど捨て駒だったらしくて…敵が不利を悟ったらガキを崖に投げやがったんだよ。で、ガキを助ける代わりに落ちたんだわ」
ん?んん?なんか、該当者が居るような…ま、まさかね。
皆は納得した様子で頷き、気がついた人はいないみたいだった。
「…察するに、御者も始末されましたな。我らにはお頭はあくまで『馬車が暴走して落ちた』と聞いております。お頭が賊に襲われた話など、微塵もありませんでした。事故直後、こちらには確かに馬車の轍の跡もありましたが、戦闘の痕跡も消されておりました」
「…そうか。御者は関係ないのに不憫だな…いや、知っていたかもしれない。今思えば挙動不審だったし、予定ルートを外れていた」
辛そうなケイ様。優しい人であるらしい。
「そういえば、ケイ様は旅の踊り娘だったのでは?何故銀翼騎士団長になったんですか?」
「ああ、正確には旅の踊り娘兼護衛でな。旅してれば魔物に会うから自然と強くなった。銀翼騎士団長になったのは、ダーリンと結婚するために手柄が必要だったからだ。一応手柄を得て、伯爵位を貰ったぞ」
「おお…」
つまり、王様と結婚するために騎士団長までのしあがったのか。スゴすぎるでしょ、ケイ様!
「ちなみに、なれそめは?」
「一目惚れだな。後で聞いたらお互いにだったらしい。酒宴で舞った時に目があって…落ちた」
「きゃあああ、素敵!」
「そうか?当時は身分もない私に身のほど知らずだとか恥知らずだと言う人間が多かったぞ」
「確かに身分制がある世界で平民の子がというのはまずいかもしれませんが、人が人を好きになることに貴賤はありませんよ!生まれは自力でどうにもできません。それを努力で埋めようとした貴女を尊敬こそしますが、恥知らずだなんて思いません。そんな奴は私がいびり倒します!なにせ、私はこの国で一番高貴な異界の姫君ですからね!」
「…ありがとう」
ふにゃりと笑うケイ様は、ケビンそっくりだった。
「…ん?異界の姫君?」
「はーい」
素直に挙手した。
「…………マジ?」
「マジらしいです」
頷いて肯定する私。
「……………それが、息子の嫁?ケビンは第一夫??」
「そうです。あ、一部訂正してください。私はケビン以外の夫は持ちませんから第一とかの数字は無意味です」
「マジでえええ!?」
「マジです」
「ほっほっほ。じいの育て方が良かったおかげで、ぼっちゃまは最高の奥方を捕まえたのですぞ!じいに感謝なさいませ!」
「ぬああああ!すげえなぁ、ケビン!よくやった!こんな可愛くて優しそうで賢くていい嫁、多分国中…いや世界中探してもいねぇぞ!」
「…はい。ありがとうございます、母様。雪花は可愛くて優しくて可愛くて頭もよく、可愛くて働き者で…俺が引き取った孤児に嫌な顔もせず可愛がる、慈愛に溢れた俺には勿体ないほどの素晴らしい妻なのです」
じいは綺麗に無視してケビンの背中をベシベシ叩くケイ様。かなり痛そうだけど、ケビンはびくともしない。尻尾が嬉しげにシタパタしている。可愛いが、それ誰や。そして、可愛い言い過ぎ。可愛いのはケビンだからね。
「でかくなったなぁ。それに、いい笑顔で笑うようになったな…王宮では怯えてばかりだったが…」
「…それでも、俺は…母様を喪って記憶をなくすほどに母様を愛していましたし、カッコいいと思っていました。ようやく思い出せましたよ、母様と過ごした幸せだった日々を。おかえりなさい、母様」
「おう、今帰ったぞ!」
一瞬キョトンとしたケイ様が、満面の笑みでケビンの頭をくしゃくしゃにした。
それはきっと、幼いケビンとケイ様の日常のやりとりだったのだろう。ケイ様は、ようやく帰ってきたのだ。
「おかえりなさい、ケイ様」
「おお、じいとしたことが…おかえりなさいませ、お頭」
「おかえり、頭」
「おかえりなさい、お頭」
「おかえり」
「ああ、ただいま!」
自然とみんなが笑顔になっていた。
おかえりなさい、ケイ様!!
行ってらっしゃい、おかえりなさい。その何気ない挨拶…大事ですよね。




