まさかの出番だったよ
翌日騎士団に出勤したら、不機嫌な副団長様から隣国との合同演習訓練について話をされた。
「…急だな」
「そうですね。しかもこのタイミングです。何かある可能性は否めない。この状況で団長と姫様を離したくはないのですが…」
「参加は当然…俺が行かないわけにもいかんな…」
隣国との合同演習訓練では年一回ぐらいあるもので、国境付近の魔物を掃討するんだそうだ。時期的に不自然ではないものの、本来はもう少し告知に余裕があるものらしい。まあ、オバハンの嫌がらせでギリギリに告知されるのも珍しくないらしいけど。
隣国は同盟関係にあるとはいえ、異界の姫を欲しがってるから今回は私の同行もできないとのこと。
護衛は念のためだったけど、早速活用することになってしまいました。
「仕方ないね」
とは言うものの、ケビンがいないのは寂しい。冷静なケビンがちょっと憎たらしくて、チラッと彼を見た。
うちの可愛い大男は、耳と尻尾をしんなりさせて、心底ションボリしていた。いかん、不憫可愛い。可愛すぎる!
そんなションボリわん…婚約者にワガママを言えるはずもなく、数日の準備期間はあっという間に過ぎてしまった。
「嫌だ!姫様と離れたくない!!」
我慢してワガママを言わなかったおりこうわん…婚約者は、出立直前に我慢の限界を突破してしまったらしく、駄々をこねていた。
「可愛い…」
駄々をこねる大男をうっとりと幸せに見つめる、大男に抱っこされた私。なんと残念な絵面だろうか。
「うっとりしてないでなんとかしてよぉ」
サズドマから呆れた目線、いただきました。
「…なんとかしたくないんですよねー。私もケビンと離れたくないし」
必死でケビンを宥める騎士さん達をぼんやりと見つめる。ああ、私の婚約者可愛い。
しかし、いつまでも駄々をこねているわけにはいかない。
「ケビン、私も寂しいです」
「…………は?」
「私だってケビンと離れたくないし、出来るならずっとケビンとイチャイチャイチャイチャしたいです。だから、早く行って早く帰ってきて、我慢していたおりこうな婚約者にご褒美をください」
「ご褒美?」
「はい。ちゃんとおりこうさんでケビンを待ってますから……ね?」
ケビンの唇をひとさし指でなぞる。ケビンの顔がどんどん赤くなっていく。最後にそっと触れるだけ……と見せかけて、ディープなキスをかました。
「んんんんん!??ふぅっ!?」
「ふう……じゃあ、早く帰ってきてね?」
「ああ!すぐ帰るからな!魔物なんぞ、すぐに根絶やしにしてくれる!!」
「流石の手腕ですね。誉めてあげます」
副団長様に誉められました。サズドマはなんか、呆れてた。こうして、ケビンは旅立ったのでした。
そして、ケビン不在の初日。
「寝れない…」
ここ最近、ケビンの腕枕が私にとって安全地帯にして安眠場所だっただけに、居ないと眠れないのは当然なのかも。ケビンのベッドに行ったものの、ケビンが居なきゃ意味はない。匂いだけとか、余計寂しいぃぃ!
「参ったな…」
まだ出会って半年も経ってないのに、こんなにもケビンが恋しい。次があったら何があってもついていこう。こんなに大好きにさせた責任をとってもらわねばなるまい。
しかし、それにしても全く眠れる気がしない。仕方なく散歩でもしようかと部屋を出たら、シャザル君とヘルマータに会った。今夜は彼らが警護していたらしい。
眠れないから散歩すると話したらついてきた。
夜の庭園は美しい。私が好むからとケビンが手配して薔薇を増やしてくれたんだよね。薔薇の花びらはしっとりしている。
そういや、ケビンたらここで散歩したらテンパり過ぎて薔薇の花をかじったりしちゃったのよね。ケビンを思い出しながら花をぼんやり眺めていたら、キィンキィンと音がした。
ん?
足元に………クナイ?自動結界が作動したらしく、淡い光が視界に入った。
シャザル君が即座に木に向かって何かを投げると、木から男が落ちてきた。
「ヘルマータ!」
「既に連絡した。初日からか…やってくれるな」
シャザル君は素早く落ちた男を捕縛した。シャザル君が投げた石が男に命中したらしい。顔に立派な丸いアザが出来てた。ヘルマータはその間に騎士団へ連絡したらしく、すぐに騎士が男を連れていった。
「…騎士に連絡したんだ?」
ヘルマータが苦笑した。
「正直、近衛騎士に裏切り者や内通者がいる可能性は否めないですからね。捕まえて逃げられては意味がない。我々は本気で姫様をお守りするつもりですから、騎士か近衛かなんて些末な事です」
なんというか、ヘルマータは成長したんだなぁ。
「それより、姫様の結界はスゴいですね。騎士君達が殺気を察知するより早く作動してましたよ」
「スノウ?」
どうやら起こしてしまったらしく、スノウだけでなく屋敷の皆も来てしまった…が…………
「ふ、服を着ろぉぉぉ!!」
スノウ以外は全員裸だったので叫ぶ羽目になった。
そして、私は今…天国にいる。ちみっこモフモフ…猫…ではなく虎、兎、フクロウ、馬に囲まれているのだ。
「ひとり、ちゃみちーの?しょれなら、ちょらとねたらいいのよ」
「ソラ、ずるい!ルルもおねちゃとねる!」
「……………(うとうとしつつべったり)」
「じゃあ、皆で」
「エド君がしゃべった!」
というわけで、ちみっこ部屋は元から雑魚寝部屋なのでそこで寝ることに。しかも気配に敏感な獣人達も部屋が近いからより安全だと言われれば、断る理由もないわけで…
「モフモフ…」
やっぱりケビンの代わりにはならないけど、ちみっこモフモフによる癒し効果で穏やかに眠ることができました。ケビン、早く帰ってこないかな……
しかし、私は己の睡眠の心配をしている場合ではなかった。今回のことで頭を悩ませている人達がいたのである。
「どうすべきか…」
「いや、団長に報告すべきだよ!」
頭を抱える副団長様。おなじく副団長なオカン騎士・ガウディさんは今回の『異界の姫様襲撃事件』を報告すべきだと話す。
「報告したら、団長はどうすると思いますか?」
「……血の雨が降る」
「「……………」」
副団長二人はうなだれた。しかし、今団長に戻られては隣国との関係が悪化しかねない。それこそ敵に攻撃する隙を与えてしまうのだ。
「いざとなったら、俺の責任にして殴られるよ…」
「ああ、私も…そうするしかあるまい…」
騎士団の副団長二人が悲壮な決意をしている事など、今の私は知るよしもなかった。
そのころのケビン。
「きゅーん…くーん…」
悲しげに鳴いていた。
「だああ、やめろ団長!他の隊員まで悲しんで鳴き出したろうが!さっさと寝ろ!!」
そして、ライティス(訓練参加組だった)に叱られていた。
団長の鳴き声は、ついつられ鳴きするほど切なげだったとのことでした。