劇より隣が気になるよ
私が本来の姿になったことで、通報はなくなった。
しかし、なんかやたらナンパされる。なんでだ。
「お姉さん、僕と一緒にお茶でも…ヒィィッ!?すいませんでしたぁぁ!!」
そして私の背後にビビって途中で謝罪し、走り去っていくのが9割。残り1割は最後まで台詞を言うが私にお断りされている。
「ごめんね、おっさん」
「いや、姫様が美しいのと…俺が醜いからでしょうね。俺程度より先程の男の方がよほど…むぐ」
おっさんの口を自分の手で塞いだ。
「おっさんが好きです。私の1番はおっさんですから、悪くいったら駄目ですよ」
「!??」
「わかった?」
「ん!!、ん!!」
おっさんは必死で頷いた。背伸びしてちゅっとほっぺにキスしてあげた。
「フアオオオオーン!!アオーン!!」
鳴くおっさんの手をすかさず捕獲する。今走り出されたら流石に困る。手を繋げばおっさんは振り払わないだろう。
「いこ?」
「ははははははははいぃ!!」
手を引くと、尻尾をブンブン振りまくるおっさんがついてきた。あ、どっちに歩いたらいいんだろ。
「劇場、どっち?」
「あ、あっちです!」
おっさん、本当は先に可愛らしい小物の店とかを案内したかったらしい。それは大変興味がある。しかし通報やナンパにより、時間がギリギリになってしまい行けなくなった。まあ、仕方ない。だからそんなにしょんぼりしないでほしい。
「次の時に行こうね」
何もデートは今日だけじゃない。今日でなくても、また行けばいいのだ。
「…つぎ?………次!次ですね!次に!次に行きましょう!約束ですよ!」
おっさんはそれはもう喜んでくれた。よかった、よかった。
到着した劇場は、大変ご立派な造りだった。神殿みたいな派手な建物。おっさんは高そうなチケットを出し、よく見える個室席に案内された。これはあれか。VIP席とかいうやつかな?多分そうなんだろう。
個室に席は2つだけ。なかなかいい座り心地だ。しかしおっさんには少し窮屈なようだ。
「狭くない?」
「いや、大丈夫だ」
しかし、よく見たらこの椅子…何やら仕掛けがあるようだ。この窪みはもしや…
椅子はくっつけて肘掛けを背もたれに収納すると二人がけのソファになるものだった。これならばおっさんも狭くないだろう。
「…………………」
「…………………」
しかし、おっさんは隅っこに寄ってしまった。さっきよりも窮屈そうである。
「おっさん…私の隣、嫌?」
むしろ私はおっさんのお膝でもいいぐらいなのだが……
「(ぶんぶんぶんぶん)」
おっさんは高速で首を振った。
「その、俺…大人の姫様があんまり綺麗だから…触れたら姫様が汚れる気がして……」
「ん」
私の隣をてしてしと叩く。
「いや、だから」
「ん」
私は譲らない。隣をてしてしと叩く。おっさんが来ないなら、私がおっさんの膝に無理矢理座ってやろうと思った。
「……失礼します」
結局おっさんは、私に負けた。おっさんはぬくいので寄りかかる。劇場は少し寒かったのだ。
「!?………あ、気が利かなくてすまないな」
少し寒かったのに気がついたらしく、おっさんは上着をかけてくれた。
「そんなことないよ。少し寒かったの、気がついてくれてありがとう」
「……そそそそうか。ああ、始まるな」
開演するのかブザーが鳴り、幕が開いた。
演目は流行りのラブロマンスらしいのだが…正直どうよという内容だ。なんというか、ヒロインがワガママ過ぎる。相手役、よく耐えるなぁ…。暴言・暴力・浮気(いや、こっちは一妻多夫だと知ってるけど)とかさ、私ならしばいてるわ。ヒロイン役をしばきたいわ。
最低じゃね?
こっちの女ってこれがデフォルトだとしたら、マジで最低じゃね??王妃も可愛く見えてくるわ。これおっさんは面白いの?と隣を見たら、なんか感動してた。
マジか。この胸くそ悪い話のどこに泣ける要素が…久しぶりのワールドギャップだな。
仕方なく話に集中してみた。なんか、相手役がおっさんみたいでヒロイン役に殺意がわいてきた。このままではヒロイン役に攻撃したくなりそうだったので、おっさんを見て癒されようとした。
「…え?」
おっさんは、私を見ていた。いや正確には、私の肩に触れようとした状態で固まっていた。しまった!大人しくしていたら、おっさんから肩を抱かれていたのか!失敗した!!
「おっさ「すいません、すいません!!姫様があまりにも可愛かったので不埒な真似をしました!!ちょっとだけ触れたくて…すいませんでしたぁぁ!!」
「oh…」
おっさんの盛大な謝罪に、舞台の役者も固まった。思わず発音が英語になるレベルのやっちまった感である。
「ご、ごべんなざい…もうじないので「しー」
さらに泣き出すおっさん。勘弁してくれ、めっちゃ周りに…客にまで注目されてるじゃないか。
私は慌てず騒がず土下座するおっさんの唇に人差し指をちょんと当てた。
「ん…」
「怒ってないよ。だから謝らないで。むしろしてくれたら喜んだのに。今してくれてもいいけど…お騒がせしちゃったみたいだから出ようか。皆様、観劇の邪魔をしてしまい、大変失礼いたしました!引き続き劇をお楽しみください!」
プクプク君に光る花をたくさん出して降らせてもらう。見て綺麗、売るもよしだ。プクプク君へおやつをご褒美に渡したら、満足そうな表情で帰っていった。
「出ようか」
おっさんの手を取った。おっさんはようやく周囲の状況を把握したらしく、赤くなったり青くなったりしていた。
「………はい」
そして耳と尻尾をしんなりさせてしまった。おっさんの手を引いて、劇場を出た。
「あの劇、好みじゃなかったから別のを見るかお店を回ろうよ」
「…………はい」
おっさんはしんなりしょんぼりしている。
「……………おっさんからアプローチしてくれたの、嬉しかったからね。次はバレても謝らないで、してね?」
「…………はい?はははひぃぃ!?は、はい!つ、次はもっと頑張ります!!」
尻尾をパタパタするおっさんは、やっぱり可愛い。デートはまだまだこれからだし、せっかくだから楽しみたいよね。
デートはまだまだ続きます。ちなみに劇の演目はこちらの世界ではわりとありがちなシンデレラストーリーです。
健気に尽くす男性に対して最後にヒロインが愛に気がつき、結婚するというもの。といっても末席の夫になるのですが…庶民には人気の話なようです。頑張ればいつかは報われる的なお話ですね。おっさんはめっちゃ感情移入してました。
雪花さんはヒロインに殺意がわいてましたが、価値観が違うのでそこは仕方ないです。