変態がクラスチェンジしたよ
近衛騎士の問題児集団において、最も変わったのがヘルマータである。
「おはようございます、姐さん!」
奴は本来、素直な忠犬気質の男であったらしい。そして、非常に真面目な態度で奉仕労働をしていた。騎士達も最初はビックリしていた。奴に散々迷惑をかけられていたからだ。しかし、奴が変わったと理解してからはあっさり受け入れていた。素晴らしい順応力である。
ヘルマータはヒーローに憧れていたちょっとお馬鹿な坊っちゃんだった。憧れの近衛騎士になるために努力して、夢を叶えた。
そして、近衛騎士内の格差に気がついて低位貴族を庇ったりするうちに、ヒーローになった自分に酔いしれ、気がつけばすっかり迷惑なお馬鹿になってしまった。
側近だった双子騎士がこのままではまずいと気がついて諌めようとしたが、時はすでに遅かった。
ヘルマータはすっかり悪意と善意が判断できなくなり、苦言や助言は聞かず耳に心地いい賛辞ばかりを聞くようになってしまった。自分の理想の殻に閉じ籠った。
結果、出来上がったのがアレらしい。
双子騎士達は姫様のおかげで昔の若様に戻りました。これからは主が間違った道にいかないよう我らが導きますと話していた。是非頑張っていただきたい。
この件に関しては、私はもうちょっと早くヘルマータと向き合うべきだったかなと思ったが、奴は負けたからこそ私の話を聞く気になったのだ。多分向き合っても無駄だったと結論を出した。
ヘルマータと二人きりで資料整理をしていたら、ヘルマータが話しかけてきた。
「今まで、本当にすいませんでした。私は自分のことしか考えていなかった。ちゃんとまわりを見ていなかったのです。カルーとクルーもクビを覚悟で私を諌めていたのに…」
ちなみにカルーとクルーは双子騎士の愛称らしい。
「あー、うん。わかるようになったなら、別にいいんじゃない?むしろ私より他に謝るべき人がいるんじゃない?」
「騎士団の皆様には一人一人謝罪しました。皆さん、気にすんなって…笑ってくれて…私はあんなにいい人達を見下していたのかと思うと…!」
ヘルマータは泣き出した。その現場はチラッと見たが、騎士達は本気で気にしていなかったよ。むしろどうしたらいいかなと謝罪にたいして困ってたよ。
「真面目か」
騎士達にしてみれば近衛に見下されるとか日常茶飯事だから今さらなぁな感覚だ。それもどうなのよ。
気にしていないのもあって、彼らは謝罪を受け入れて笑って許す。彼ら…騎士団のトップがそうだからだ。
つまり、おっさんは尊いのだ。
意識をぼんやりと明後日に飛ばしていたら、泣き止んだヘルマータが近くにいた。手を握られる。
「姐さん…いえ、姫様。私は貴女を愛しています」
ヘルマータに告白された。まともになった彼に触られても気持ち悪くはなかったが…ドキドキすることもなかった。
「ごめんなさい。私はおっさんだけが好き。他に夫も婚約者もいらないの。だから貴方の気持ちには応えられない」
「…わかりました。ちゃんと話してくださってありがとうございます」
ヘルマータは苦笑した。その後、彼は私に普段通り接していた。
そう、表面上は普通だったのだ。気まずいのもあって、気がつくのが遅れてしまった。私とヘルマータや近衛騎士達は、わりと雑談をする。
「姫様は観劇等に興味はないのですか?」
「こっちにも劇とかあるんだ?」
「ええ、魔法も使ってましてなかなか見ごたえがあるのですよ」
「へー」
おすすめの劇団を教えてもらった。お給料が入ったら行きたいかも。
「姫様はどんな花が好きなんですか?」
「んー?」
なんか最近やたら質問されているような…まあ、別に聞かれて困るような質問ではないからいいけど。
しかしそもそもこの世界の花に詳しくないので返答しにくくはある。
「姫様は、こっちのお花をあんまり知らないんだよ。プクプク、有名な花を出してあげなよ」
私の頭でゴロゴロしていたピエトロ君に言われ、プクプク君が色々な花を出してくれた。
「あ、これ…」
こっちにも薔薇があるらしい。
「薔薇がお好きなんですか?」
「え?うーん、私の世界にも同じ花があるんだ。でも色水を吸わせたわけじゃないのにここまで青い薔薇は無いけど」
つい惹かれて、青い薔薇を手に取る。
「私の世界ではね、花に意味があるの。色によっても意味が違うのよ。特に薔薇は恋愛関連なの。青以外はね」
「面白いですね、ちなみにどんな意味なんですか?」
「赤は『あなたを愛してます』とか『愛情』…ふふ、1回でいいから恋人から贈られたいね」
「こっちでも愛の告白で使う花ですよ」
「そうなんだ」
さすがは貴族。そういう知識も必須なのかな?そして、近衛騎士達に花ってなんか似合うわ。皆無駄に美形だし。
「白は『純潔』『私はあなたにふさわしい』『深い尊敬』だね」
白い薔薇を手に取った。少し考えて、アイテムボックスにしまいこんだ。
「黄色は『愛情の薄らぎ』『嫉妬』」
「あまりよくない意味なんですね。では、青は?」
「青は…『可能性』と『不可能』」
「…真逆の意味ですね」
「人工的に青い薔薇を作るのは不可能だと言われていて、成功したら奇跡だって言われていたからね」
その後も雑談しながら作業をした。他の花言葉の話をしたり、こちらにしかない珍しい花の話をしたりとそれなりに楽しく過ごした。
うちの忠犬おっさんは、行き帰りの送迎をいつもしてくれる。
「姫様、時間です。送りますよ」
「あ、うん」
まだ片付けが残っている。慌てて片付けようとした。
「片付けは我々がしますから大丈夫ですよ」
「団長様をお待たせしてはいけませんから」
近衛騎士達は優しく笑って片付けを引き受けてくれた。
「ごめん、ありがとう!」
近衛騎士達にお礼を言って、おっさんと手を繋いで部屋まで戻る。おっさんに今日あったことを話す、大事な時間だ。
「おっさん、これあげる」
私は自分の髪を結っていたリボンを外して、薔薇に巻いた。そしてその薔薇をおっさんに差し出す。花言葉の話をした時に、この白い薔薇をおっさんにあげたいと思った。
「え?ありがとうございます??」
おっさんは不思議そうにしながらも受け取ってくれた。おっさんは意味を知らないけど、私の気持ちを受け取ってくれたみたいで嬉しい。
「…大事にします」
「…うん」
はにかむおっさんは可愛かった。ただの花を、大切そうにしてくれたのが嬉しかった。
その後は普段みたいに話をして部屋に戻った。
翌日、朝迎えに来たおっさんが超挙動不審だった。真っ赤になって、キョドキョドとせわしない。朝食も気がそぞろで進まないので食べさせてやる。
「おっさん、ほらあーん」
「あ、あむ…ひ、姫様」
「んー?」
「き、昨日のあの花…は意味があってくれたので……いや違う!その…ちょっと待ってください!」
おっさんは部屋から廊下に出て、真っ赤な薔薇の花束を持ってきた。
「ひひひひ姫様!受け取ってくれ!」
「…うん。ありがとう…嬉しい」
世界は違うけど、同じ意味を持つ花。嬉しいなぁ。ドライフラワーにしようかな…これでブリザーブドフラワー作れないかな。できるだけ長く手元に置きたい。
「あ、あああああの、こ、ここ今度の休みに……!」
「?」
今度は封筒を渡された。中にはチケットが2枚。
「これ…」
昨日話していた演劇のチケットだ。
「……近衛騎士達と昨日これの話をしてたんだけど。花も」
「いや、その…あの後、近衛騎士…ヘルマータ達が姫様が興味があるようだから誘ってはどうかと…これならきっと喜ぶって……」
「そっか。喜んでお受けします」
にっこり笑いながら、私は猛烈に内心悶えていた。つまり昨日の話はおっさんに伝えられているに違いない。赤い薔薇は大変嬉しいが……昨日あげた白薔薇の意味をおっさんは知っている…!?さっきなんか聞きかけたよね!?
「よっしゃあああああ!!アオーン!ウオオオオン!!」
「んもー、朝っぱらからうるさい…ってはっやあぁ!?」
叫ぶおっさんに注意しようとしたメル君は、おっさんの人外な動きに驚いた。おっさんは狂喜乱舞して跳び跳ねながら走り去った。
「…姫様?なんで赤いの??」
「頼むからそっとしておいて」
おっさんがそのまま白薔薇の意味を忘れるよう念を飛ばした。うう…柄にもないことするんじゃなかった…
そして、近衛騎士達に何故昨日の話が筒抜けだったのか問い詰めたところ、彼らはあっさりと答えてくれた。
「私たちは『異界の姫様と騎士団長の恋を見守る会』に入会いたしました!」
「………なんで?」
「我々は姫様と団長様にご恩があります!それに、姫様の一途な恋に心を打たれました!」
「そして、クリオ公爵に 『異界の姫様と騎士団長の恋を見守る会』へ勧誘されました!」
「なんでそうなった!?」
「頑張ります!」
「いやいや、本当になんでそうなった!?いや、マーロさん!マーロさんだな!?」
※マーロさんの本名はマーロ=クリオさんです。公爵様です。
マーロさんに苦情を言いに行ったら、順調に人数を増やしてますよ~と爽やかに言われた。その笑顔に何を言っても無駄だと悟った。
マーロさんはナニがしたいんだ。
とりあえず、頼りになる友人に遊ばれている気がする今日この頃。勝てる気がしないんだけど、どうしよう。
そして、ヘルマータは『異界の姫様と騎士団長の恋を見守る会』近衛騎士部門の隊長になりましたと笑顔で語った。
まて。近衛騎士部門てなんじゃい。
しかしつつくと蛇…いやドラゴン辺りが出そうな気がしてやめました。
そして迷惑な変態は、迷惑な友人へと華麗にジョブチェンジしました。
いたたまれないから大根芝居をして無理におっさんとふたりきりにしないでよ!でもありがとうございます!おいしいです!
ちなみに、ヘルマータの演技例。
「ア、ソウイエバ私、用事ガアッタンダッタ!」
※やたら棒読み。
「えっと、副団長様にご相談があるんです!え?副団長様は用がないって?あああああえっと……(二人きりにしてあげたいんですよ、協力してください)」
※()内が丸聞こえ
そんな感じなので、おっさんも嬉しいけどいたたまれない。オレンジ頭、ガウディさん、イシュトさんは面白がってます。