おっさんは幸せ慣れしてないらしいよ
雪花視点に戻ります。時間もやや戻ります。
マーロさんに連れられて、やって来ました!社会見学!騎士団本部に来るのは初めてだね。
「姐さんがいらしたぞ!」
「いらっしゃいませ、姐さん!!」
顔見知りの騎士さん達から謎のアダ名をつけられていた。
「…なんで姐さん??」
『団長の嫁さん(予定)で超強いからです!!』
皆さんから練習でもしたの?というぐらい綺麗に揃ったお返事だった。
「…………………そっか」
気にしたら負けな気がしてスルーした。マーロさんや、背後でマナーモードやめて。笑いたきゃ笑いなさい。
「あはははは!姫様面白い」
「…そりゃどーも」
前言撤回。堂々と笑われたら腹立つ。ミック君は、ほっぺびろ~んの刑に処した。
「こちらが訓練所ですね。皆さん真面目に鍛練しているようで何よりです」
視察は抜き打ちだったらしく、案内人なしで見回るスタイル。たまにサボりに遭遇したりとなかなか面白い。
「ヒメサマ、やっほー」
サズドマが駆け寄ってきた。昼休憩なのか、皆和やかに談笑していた。なんか周囲の騎士さん達が信じられないモノを見たような顔になっている。
「やっほー」
気にせず私も手を振ったら、クネクネした。まあ、うん。サズドマはいつも通りだ。
「ずいぶん攻撃力ありそうな靴だねぇ、踏んでくんない?」
「だが断る」
サズドマには慣れたが、このどM発言はどうにかならんもんか…ハイヒールはお洒落で履くもので攻撃力を求めてないからね!そういう使用法もなくはないけど、私はしないからね!
「ちょっとだけ!ちょっとだけ!踏むのがダメなら蹴ってくんない!?」
「あんまりうるさいと差し入れあげないよ」
よつん這いになって蹴ってくれ踏んでくれと騒いでいたサズドマは、即座に立ち上がって敬礼した。
「ご無礼をお許しください、異界の姫様!」
発音まで違うし。仕方ないから昼食セットをサズドマに渡した。いつもみたいにちまちま食べようとしたが、カツサンドは豪快にかぶりついてこそだ(※個人的見解です)
「違う。おっきい口でがぶって」
サズドマは素直にカツサンドにかぶりついた。
「!!!??」
サズドマは目を見開いた。更に皮膚にびっしり鱗が出現した。そして、ひたすらカツサンドを咀嚼してごっくんした。
「うんまああああい!!ヒメサマナニコレちょーうんまい!!スゲーうまい!!」
「そんなに美味しいの?」
「昼食が楽しみですね」
「サズドマ、頼むからハードルを上げないで」
「??んん?うまいのはうまいよ?オレ嘘言わねーし。あ、シャザルの分は?あいつ喜ぶ!」
「あるよ~。シャザル君によろしくね」
「おー」
サズドマはシャザル君にきちんと渡したが、届け賃としてプリンを半分食われたと後日シャザル君に泣かれました。次からは、気をつけます。
サズドマをしばいたらご褒美になっちゃいました。次からは、絶対に気をつけます。
一通り施設を見回り、本日のメインイベント!おっさん…騎士団長さんの執務室に来たよ!手土産もある!今日は可愛くしてもらったし…準備は万端!元気よく執務室に入った。
「おっさーん!会いに来たよ!」
「「「………………」」」
おっさんは何やら遠い目をしていた。あれ??室内にはおっさんの他にオレンジ頭とガウディさん、それに眼鏡のクールイケメンが居る。彼らはキョトンとしていた。
「おっさん?おーい」
とりあえずおっさんに近づいて顔の前で手を振ってみた。おっさんは私に触れようとしてためらい…
「くぅん…」
甘えた声で鳴いた。せつなげに…だが尻尾はパタパタとしている。おっさんが『姫様大好きだワン!触っちゃダメ?』と聞いている気がする。
「うう…相変わらず可愛い…あっ、これにサインして!」
私は今日やりとげなければならない仕事を思いだし、おっさんに書類を渡した。すでに自分の欄は記入済み。
「…………………」
おっさんは、すでに記入済みの『婚約届け』を眺めて硬直した。マーロさんからいただいた書類は婚約届けの書類でした。私はノリノリですぐサインしたのだが…おっさんはサインしたくないのだろうか。不安になってきた。
ガウディさんが首をかしげて近づいてきた。そして、おっさんの手元を見るなり瞳を輝かせた。
「団長!署名捺印!早く!今すぐ!早急に!大至急!すぐさま!速やかに!署名捺印してください!!」
興奮し、机をバンバン叩きながらおっさんに署名捺印を促すガウディさん。
「あ?ああ…」
おっさんはガウディさんの剣幕におされたのか、すぐ署名捺印した。すると、ガウディさんは書類を素早く確保した。
「俺、責任をもって提出してきますから!!」
「お、おう?」
「ガウディさん、はっやい!?」
ガウディさんは一瞬で部屋を出ていった。むちゃくちゃ速かった。
「えっと、つまり…」
おっさんは混乱しているようなので説明してあげた。
「私はおっさんの正式な婚約者になりました。末永くよろしくお願いいたします!」
私はおっさんに抱きつく。温もりとおっさんの優しい香り…かすかにミントの匂いがする。おっさんはしばらく私に頬ずりをしていたが、急に叫びだした。
「ほんものぉぉぉぉ!??」
「おっさん…本物って、なんだと思ってたんですか?私のニセ者なんて居るの??」
この世界ならありそうで怖い。
「多分、妄想のあまり幻まで見るようになったとか、バカなこと考えてたんじゃないっすか?」
「多分そうでしょうね。ここ数日、妄想と現実の境界が曖昧というか…現実が幸せ過ぎて受け入れられなかったようでしたから」
オレンジ頭とイケメン眼鏡が残念なものを見る目でおっさんを見ていた。
「くわああああ!?あ、アオーン!!アオーン!!」
何故か必死で鳴きまくるおっさん。
「…おっさん、何があったの??」
この1週間…おっさんは何か辛い思いをしていたのだろうか。不安になっておっさんを見上げた。
結局おっさんの話によると、おっさんは私のキスで失神したために夢だったのか現実だったのかが曖昧だったらしい。もし夢だったら耐えきれないと確かめることもできないままに時間だけが過ぎてしまったんだそうな。
そしてオレンジ頭から暴露されるおっさんの珍プレー。
何やら奇声をあげて転げ回り、インク壺を落としてインクまみれになったり…考えこんでは奇声をあげたり…やたら落ちこんだりしてたらしい。様々なパターンがあったが、割愛する。
それつまり、私のせいじゃね??
いらんサービスをかましたあげく、気絶させた私のせいじゃね??そもそも気絶してなければ現実だってわかってたはずだし。
「…おっさん、やりすぎちゃってごめんね」
「姫様……」
おっさんは尻尾をパタパタさせていた。
「ひ、姫様…これは現実なんですよね?姫様が腕の中にいるなんて、夢のようです…俺、しあわせです…もうしぬんじゃないかな……」
泣きじゃくるおっさん。なんだろう、不憫可愛いわ。ニュージャンル??とりあえず、そんな簡単に死ぬな。
「現実だよ、泣かないで。頼むから婚約者を結婚もしてないのに未亡人にしないで」
「…俺、姫様のためなら死んでもいい……」
「死ぬな、生きろ!こんなちんちくりんにちょっと好かれたぐらいで死ぬんじゃない!」
「姫様は天使です!」
「いや、人間だから!」
人を勝手に人外認定しないでくれ!必死で人間だからと訴える私に、オレンジ頭が残念なものを見る目で告げた。
「姫様、頑張って団長を幸せ慣れさせてくれ。ここんとこ幸せ過ぎて現実を受け入れられないらしいんだわ。俺らが何回言っても信じないし」
「おっさん…」
あんた幸せに慣れてないとか、どんだけ不憫な人生送ってきたんだよ。私との婚約がそんなに嬉しかったのねと喜べばいいのか、もはや不幸がデフォらしいおっさんを慰めればいいのかわからんわ。とりあえず、おっさんは私が幸せにしてやります。
おっさんは基本が不憫な境遇のため、幸せな現状が罠なのではという気分になってます。