おっさんは悶々としているんだよ
おっさん視点になります
交流試合から1週間が経った。いまだに…あれは現実だったのか、夢だったのか…判断がつかない。
だって、俺だぞ?
道を歩いて子供にぶつかっただけでツラが凶悪なせいで泣かれ……この赤い瞳は不吉だ悪魔の子だと嫌われ蔑まれ続けた俺だぞ?
若い頃は見合いもしたが、女は俺を見ただけで失神した。化け物と物を投げつけられた事もある。それだけ醜い俺だぞ?
恋文に誘われて一晩学舎裏で待ち続け、クラスメートから馬鹿にされていたという俺だぞ?
赤い不吉な瞳、気色悪い獣人の特性、醜い筋肉と三重苦の俺だぞ??
これ以上はやめよう。泣きたくなるから。
確かに異界の姫様は…多分俺を嫌ってはいなかった。あの愛らしい手で俺の掌をプニプニするのを好み、俺の醜い耳や尻尾に嬉々としてブラッシングしていた。だがあれは、ペットかなんかの扱いだ。きっと男として扱っていないから添い寝を求められたのだ。
ペットか……姫様になら飼われた………いやいや、痛すぎる。成人した男が考えることじゃない!いや、大人の姫様になら……いやいやいや、余計にまずい気がする!
確かに、プロポーズはした。しかし、返事はなかった。姫様もいろんな事があって、忘れたのだろうと思っていた。
だが、彼女は俺のプレゼントだけを身につけ、他のプレゼントは全て断り、俺と婚約してやってもいいと言ってくれた。
優勝の褒美に…き、キスまでくれた。くくくくく唇にまでキスをして、舐めた。耐えきれず失神したが、大人の姫様が唇を舐めるさまはそれはもうエロ………………
「うわああああああああ!!アオーン!アオーン!!」
精神的に色々と耐えきれず床を転げ回った。
「…また発作ですか」
「インク壺だけは倒さないでくださいね~」
「団長…よかったですね」
呆れた様子の副団長・イシュト。さっさとペンとインクを避難させるライティス、転げ回る俺に優しく話しかけるのはガウディ。
「…ガウディ、あれは本当に夢ではなかったのか?俺はついに妄想と現実の区別がつかなくなってしまったのか?」
「いいえ、異界の姫様は団長に何度もキスをして、最後は唇まで舐め「アオーン!!アオーン!!」
「…何回確かめりゃ気が済むんすか?もうちゃっちゃと姫様に会いに行って確かめたらいいじゃないっすか。姫様が団長を好きなのは間違いないでしょ」
「この顔で俺の唇舐めましたかと聞いてみろ、ただの犯罪だ。通報されるに違いない」
「「「…………」」」
全員がとても痛ましいものを見る目になった。沈黙は肯定だ。
なんだか、ライティスやガウディもあまりに俺が哀れだから話を合わせてくれているのではないかという気がしてきた。
「……イシュト…本当に俺は…」
「異界の姫様からキスをしていただいて、正式に婚約するとお約束したと聞いていますよ。私はその場にいなかったので詳細は知りません。しかし複数から証言は聞いていますから、事実なのでしょう。いいから仕事しろや、色ボケ上司が」
「………はい」
口は悪いが正論だ。俺は素直に席について書類にとりかかった。
「おっさーん!会いに来たよ!」
「「「………………」」」
ライティス、イシュト、ガウディが動かない。つまり、この姫様は幻だ。俺の妄想はついに白昼夢を見られるまでに進化したらしい。
ニコニコ笑って俺に手を振る天使のような姫様の幻が見える。
うっすら化粧をして俺に笑顔を向けている…あれは妖精…いや、女神に違いない。奇跡の生き物だ。
「おっさん?おーい」
しかし、見れば見るほど幻には見えない。とても愛らしい。真珠のような肌に、黒い髪と瞳。柔らかな笑顔が魅力的だ。今日は髪を結い上げ、清楚ながら可愛らしい印象だ。ドレスはやや装飾が控えめだが、そこが逆に姫様の輝きを損ねず引き立てている。
頬に触れてもいいだろうか…
「くぅん…」
自然と甘えた声がでた。尻尾が揺れてしまう。
「うう…相変わらず可愛い…あっ、これにサインして!」
「…………………」
大変だ。俺は…俺の妄想はギガ進化したらしい。見たこともない『婚約届け』の書類を妄想で捏造するなんて…すごいな、俺の妄想力は!
ガウディが硬直した俺に首をかしげて近づいてきた。そして、俺の手元を見るなり瞳を輝かせる。
「団長!署名捺印!早く!今すぐ!早急に!大至急!すぐさま!速やかに!署名捺印してください!!」
「あ?ああ…」
妄想でも姫様と婚約できるなんて、俺は幸せだな。素直に署名捺印した。すると、ガウディが書いた書類を素早く確保した。
「俺、責任をもって提出してきますから!!」
「お、おう?」
「ガウディさん、はっやい!?」
ガウディは加速の魔法まで使っていた。ぶつかると危ないから普段はしないのに、珍しいな。というか…あれ?ガウディはあの書類を…俺の妄想の産物たる『婚約届け』を認識していた??
「えっと、つまり…」
「私はおっさんの正式な婚約者になりました。末永くよろしくお願いいたします!」
姫様が抱きついてきた。温もりと姫様の甘い香りが漂ってくる。
「ほんものぉぉぉぉ!??」
誰か、気絶したり走りださなかった俺を誉めてくれ…つうか、本物だって教えてくれてもいいんじゃないか!?
「おっさん…本物って、なんだと思ってたんですか?私のニセ者なんて居るの??」
「多分、妄想のあまり幻まで見るようになったとか、バカなこと考えてたんじゃないっすか?」
「多分そうでしょうね。ここ数日、妄想と現実の境界が曖昧というか…現実が幸せ過ぎて受け入れられなかったようでしたから」
「くわああああ!?あ、アオーン!!アオーン!!」
イシュト!俺の奇行をばらさないでくれ!!俺は必死で鳴いた。イシュトは可哀想なものを見る目だった。しかし、姫様には知られたくない!
「…おっさん、何があったの??」
しかし、心配した姫様の不安げな瞳に…俺は敗北した。
己の奇行を洗いざらい白状するはめになったのだった………くーん…
しかし、姫様はそれを聞いてやりすぎてごめんねと俺に謝罪してきた。
姫様は神が遣わした天使に違いない。俺ですら自分にドン引きしているのに…もはや女神に違いないと思った。
おっさんのイメージが壊れたらすいません。おっさんは大体こんな感じです。