仕方なかったんだよ
最近、よくない輩が周囲をうろついていると知っていた。だから、いつかこんなことになるのでは、と思ってもいた。それなりに配慮をしていたけれど、守るものが多くなればなるほど、守りにくくなる。
それは、玄関から礼儀正しくやってきた。屋敷の女主人として対応した。相手は、タイタンの使者を名乗った。じいいわく、イントネーションから出身は間違いないだろうとのこと。
「どうか、我々の提案を受け入れていただきたい」
それは、提案ではなく脅しだった。しかも相手が馬鹿ではなかったので、従わざるをえなかった。要は、孤児院を人質にされてしまったのだ。職員の素性は調べていたが、スラムからとなれば完璧にはいかない。タイタンの間者がいたらしい。
相手は用意周到で、目の前にいる男を倒してしまえば、離れた位置に待機した仲間が報告してしまう。妊娠していなければどうにかできただろうが……そんな事を言っても仕方がない。
私自身、カルディア国内だけでなく他国にも呪いについて話したかったから仕方がないと判断して、男についていくと決断した。
「当然、わたくし一人で、なんておっしゃいませんよね?」
そして、決めたからにはこちらに有利な状況へ持っていかなければならない。護衛と世話役の同行を認めさせた。世話役はじいが立候補してくれた。護衛は運悪く居合わせたサズドマ、ヘルマータと双子騎士。多いと言うなかれ、交代しなきゃいけないことを考えたら最低限の人数だ。
「ママ、留守は任せて」
「いや、あまり無理はしないでね」
頼りになりすぎる娘と会話をして、馬車に乗った。かなり豪奢な馬車で、三人がけだった。
「さて、調査によれば姫君は夫である騎士団長殿の元に転移と通信ができるとか……にわかには信じがたいですが……」
「………できますわ」
男が持っていた石が白く光る。嘘発見器みたいなものかな?
「その機能は封じていただきます。そのペンダントはアミュレットを兼ねていますので預かったりはしません。誓約していただけますか?」
「………いいでしょう」
ただし、恐らく細かい判別はできないのではないかな?私は『ケビンにだけ』使わないよう設定を変更した。転移先はスノウに。通信自体に制限はかけなかった。それでも石は白く発光していた。
転移がないと、とにかく移動に時間がかかる。馬車でガタゴト揺られるの………暇。馬車酔いするタイプじゃなくてよかった。三日でタイタンに到着。王宮に着いたのだが、馬車酔いよりも………もっと深刻な病が発生していた。
「ケビンに会いたい」
「奥様……」
「ケビンがいい」
「いや、無理ダロ」
「ケビン連れてきてほしい……!」
あまりにもケビンケビン言うので、じいが可愛い狼さんのぬいぐるみを買ってきてくれたのだが…違うのだ。ケビンはもっとフワモコだ!
そう、ケビンに会いたい病が発症したのである。
「………だ、大丈夫なのですか?」
「そもそも、貴方が無理やり連れ出すからこんなことになったのです!わたくしは夫から離れたくなかったのに!貴方なんか大っ嫌い!!顔も見たくありません!出ていって!出ていけええええ!!」
怒りのあまり、魔力が暴発し、護衛もろとも私をつれてきた男を吹き飛ばした。じい達?ちゃんと避けたよ。
「…………さて、作戦会議といきましょうか」
八つ当たりを兼ねて邪魔者は追い出した。さっさと仕事をして、なる早で帰ろう。
「流石です!見事な演技でした!」
ヘルマータよ、キラキラした瞳で見ないでくれないか。半分以上は演技じゃないんだ。ヘルマータ以外は理解しているらしく、視線をそらしてプルプルしている。笑いたきゃ笑え。
「あれは本気よ。ケビン欠乏症で私が死ぬ前に、どうにかするわよ!!」
とはいえ、現状でできることは少ない。
「若奥様、じいは別行動でもよろしいですかな?こちらにも知己がおりまして……お頭と若奥様の件を伝えれば、力になってくれるでしょう」
「お願いします」
「僕らは情報を集めてきます」
「影が薄いですし、わりとそういうの、得意なんです」
双子騎士よ、面倒だから問題児二人を置いていきたいわけじゃないよね?
「私は私で情報収集かな。嫌だけど、人が集まる場所には出ないとね……」
ケビンがいないとやる気が出ない……。
「ま、早く帰るためにガンバローぜぇ。さっさと団長に会いたいんダロ?」
そうでした!ケビンに会うんでした!
「任せなさい!すぐに帰ってやるんだから!」
気合いを入れて、扉を開く。誰が敵か味方かもわからない隣国で、私の戦いが始まった。
雪花視点になります。