ペアリングなんだよ
お部屋の隅で丸い毛玉と化したケビンをウットリと眺めていたら、支配人さんから声をかけられた。そういや、宝飾品を買いに来たんだった。申し訳ない。
「本日は、指輪のオーダーのみでよろしいですか?」
「はい」
「待ってくれ」
ケビンが復活して、懐からバサバサとデザイン画を取り出した。
「これに合うものを頼む」
デザイン画を見るデザイナーさんは楽しそうだ。えええ……高価な宝飾品とか要らないんだけど……。
「へー、いいセンスっすね」
「そうか?」
「はい。これとこれなんてどうっすか?」
「いいな!」
あかん!ケビンが高価な宝飾品を大人買いしてしまう!!慌てて阻止しようとしたが、デザイナーさんが私に話しかけてきた。
「お姫様さあ、あんまり宝飾品に興味ないんでしょ?でも、宝飾品は外から見てあんたが愛されている、大切にされてるって証だ。なるべくシンプルなタイプにするから、素直に受けとるべきだよ。旦那さんの体裁のためでもあるんだ」
「うう…………はい」
ぐうの音も出ない正論が来た。確かに、こちらの価値観からしたらそうだろう。ケビンが私のせいでケチとか言われたら嫌だ。
「よしよし。なら、話は早い。コレとコレなら?」
デザイナーさんはデザイン画の余白に、サラサラと宝飾品のデザインを二つ描いた。どちらもシンプルながら、上品だ。センスがいい。とてもいい。私だって宝飾品が嫌いなわけではないのだ。ワクワクしてしまう。
「………こっちで」
「はいよー、まいどー」
いくつか宝飾品を決め、指輪のデザインを決めることになった。そして気がついたら、ケビンとデザイナーさんはすっかり意気投合してしまった。
ドレスや外出着に合わせた宝飾品は決まり、指輪の話をすることになった。
「見本にするから、指輪持ってきてー」
「お前は口調をもっと丁寧に………はあ。わかりました」
ぶつくさ言いつつ、支配人さんは指輪をたくさん持ってきた………が………。
全部邪魔そう。
宝石をそんなにゴッテゴテにしなくてもよくないですかねえ!?何?指輪に攻撃力を付与したいわけ?重そうだよ!!
※実際かなり重かったそうです。
「ええと…………いいのが無いですね」
「うん。でも、ウチじゃこれが普通だから逆に『邪魔にならない、普段から使える指輪』ってどんな感じかわかんない」
なるほど。だから逆に見せてくれたわけか。
「えっと……私はあまり絵が上手くないのですが……」
「じゃあ、お姫様が言ったのを俺が描くわ」
「石は小さめで、指輪に埋め込み、引っかからないように」
「うん?…………うん」
「指輪も彫刻は刻むだけで、引っかからないように。なくてもいいです」
「んんん……………んー」
彼はとてもシンプルな結婚指輪を描いたのだが………納得がいかないという顔をしていた。
「考える。ちょい待ち」
そう言うと、部屋から出ていってしまった。
「すいません、ああなると何も聞かなくて……センスはいいのですが、接客能力が皆無でして……」
それはかなりデザイナーとして致命的ではないだろうか。普段は表に出さず、店員が希望を聞いてから作るそうだ。なるほど、納得。支配人さんは私を異界の姫君と知っていたためあらゆるオーダーに対応できるようデザイナーさんを待機させていたそうだ。だから最初不機嫌だったのかも。
「これ、どうかな!」
デザイナーさんは金属と宝石、それからデザイン画を持ってきた。
「不思議な金属ですね」
「ああ。ちょっとクセがあるから扱いにくいんだが、丁度あんたらの髪色だろ」
その金属は、黒と銀が混ざっている不思議な金属だった。うん、黒に銀の波が漂っているみたい。いいかも。
「で、石はコレ。光の加減で赤になったり青になったりする。赤は忌避色だけど、旦那の目と同じだし、せっかく揃いで作るんだ。いいだろ?」
「素敵!それがいいです!是非それで!!」
デザイナーさんは満足そうに頷いた。
「で、指輪の形状なんだが、金属の波紋を活かして………」
ゆるやかな凹凸のある指輪のデザインを見せてくれた。華美ではなく、地味すぎない。ケビンがつけても問題なさそうだ。
「では、二人に同じものを。左の薬指用にしてください」
「異世界のしきたりですか?」
「はい」
嬉しくてニヤニヤしてしまう。嬉しいなあ、ペアリング。
「………嬉しそうだな」
「えへへ、向こうだと恋人や婚約者も揃いの指輪をつけるんだよ。一回でいいから、してみたかったの。夢が叶っちゃった。ありがとう、ケビン」
テンションが上がって勢いよくぎゅっと抱きついたら、モフモフしていた。わーい、フカフカ………ではなく!え?なんでモフモフに!?ケビンを見上げたら、顔を片手で覆っていた。もう片方の手は抱きついた私を支えている。
「グルルル…………雪花が可愛すぎる……」
いや、普通だから。そこは一生わかりあえない気がする。向こうじゃよく可愛いげがない女だと散々言われていたよ?
「いや、ケビンの方が可愛いよ。私は向こうじゃ可愛いげがない女だなってよく言われていたから」
「雪花は可愛い!そいつの目がおかしいんだ!」
もし、本当に私が可愛いのだとしたら……ケビンのおかげではないか。さっきも言ったが、彼は私を甘やかし、頼ってほしいと言ってくれるのだ。私は、彼に愛されたい。好かれたい。
「んん………ケビンが好きだから、可愛く思われたいのかもね。私は貴方にだけ媚びているのかも。ケビンにだけ、可愛い女でいたいなあ」
ちょっとだけ照れながら笑いかけた。
「アオオオオオ!!ウオオオオオ!!ギャオオオオ!!ルオオオオオオ!!ぬおおおおおお!!ギャオオオオオン!!」
「え!?なにごと!?」
ケビンが尋常でなく吠えている。どこがクリティカルだったわけ!?必死になだめるが、部屋をグルグル走り回りはじめた。そんなにか!?
「…………まあ、仕方ないねぇ……」
「………そうですね」
あまりにも激しいシャウトに、他の店員さんまで来てしまった。大変申し訳ありませんでした。指輪は来週届くらしい。楽しみ~。
走り回るケビンをモフモフしながら笑うのだった。後でやり過ぎ、とサズドマに苦笑いされた。今回はわざとじゃないのよ。