人災も忘れた頃にやってくるんだよ
妄想小説の原稿が戻ってから、私は何故これがクリオ公爵へ渡ってしまったかを考えました。私、つい机の下に原稿を隠す癖があるのです。それを知るものは、ごくわずか。
「アモ」
「にゃんにもしりましぇん!お嬢様の素晴らしい新作恋愛小説なんて、しりましぇぇぇん!!」
どうしましょう。語るに落ちてますわ。つまり、私付きのメイドであるアモが渡してしまったのですね。
「アモ」
「ひゃい」
「………次はないよ」
「ひゃいぃぃぃぃ!!」
末のお父様ににっこり微笑まれ、アモは必死に首を縦にふっておりました。
私は、約束をすっかり忘れておりました。グランド様とのお約束で頭がいっぱいだったからです。
今日はグランド様と会う約束をしておりました。前回はお話だけということでイレギュラーな感じでしたが、今回は一般的な婚約前の作法に乗っ取ったやり方で我が家にグランド様がやってくる事になったのです。どうやって調べたのか、クリオ公爵もおりました。
「やあやあ、副団長殿」
「……………………」
グランド様が全力でクリオ公爵を無視しています。視線を合わそうともしません。本気でクリオ公爵を嫌っているのが伝わってきました。
「そんな態度でいいのかな?私が先に彼女と婚約したのに」
「はい?」
「なっ!?」
グランド様が真っ青に…いや、私も驚きすぎて頭が真っ白ですわ。クリオ公爵がなにやらパクパク…『や・く・そ・く』やくそく…約束?ああああああ、そういえばグランド様に婚約者と紹介しろって!嫌がらせ!?グランド様と不仲だからと嫌がらせですの!??
クリオ公爵の意図は理解しましたが、そのまま約束を果たせばグランド様から嫌われてしまうかも……と思っていましたら、私の思考は完全に停止いたしました。グランド様にひざまずかれたからです。乙女ならば一度は夢見る展開ですわね。美しい騎士様に…って、そうではなく!ダメですわ。思考が空回ってますわ!
「ラトビア嬢、結婚してください!」
「はい??」
けっこん…血痕…結婚………結婚!??
「了承していただけるのですね!では早速式場の手配をいたしましょう!」
けっこん…りょうしょう…しきじょう…ダメですわ。頭が働きませんわ。情報を整理…したいのに、無理ですわ!グランド様の笑顔が素敵すぎて、何も考えられませんわ!しかもち、近い!アップで見ても美しいなんて、ズルいですわ!!
「ラトビア嬢は聞き返しただけで、了承していませんよ。それに、順番でいけば第一夫は私でしょう?」
まあ、小説のようなシチュエーションですわね。二人の殿方に取り合いをされるなんて……って、夫!??そこまでは許してませんわ!
クリオ公爵のおかげで一気に頭がフル回転いたしました。
「グランド様、クリオ公爵は私の婚約者です」
いきなりクリオ公爵を婚約者だと言い出した私に、首をかしげるグランド様。
「そう紹介するようにクリオ公爵に言われましたの。実際、現在の私に婚約者はおりませんわ」
「ほ、本当ですか!?こんなに可愛いのに!??連れ去っていいですか!??」
「いいわけないだろう。しかし、流石はラトビア嬢。そうくるとは思わなかったよ。仕方ない。ラトビア嬢の機転に免じて今日は帰るよ」
結局、クリオ公爵は何をしたかったのでしょうか。ぼんやりしていましたら、グランド様が私の手を取りました。
「ようやく二人きりになれましたね」
「ぴぃぃぃ!?」
いろ…色気!スゴくスゴいですわ!!というか、グランド様ったら距離が近すぎますわよ!私…どうしたらいいんですの!?
「何故こちらを見てくれないのですか?」
「それはグランド様が色…カッコいいからですわ!ダメですわ無理ですわ破裂しますわあああああ!!」
私は必死でした。かろうじて色気がスゴいですわとは言わなかったのですが…もう無理!色々無理ですわ!!
「………………」
グランド様が何か呟きましたが、聞き取れませんでした。
「申し訳ありません。ラトビア嬢があまりにも可愛らしく……とりあえず、結婚を前提に婚約していただけませんか?」
「落ち着いてくださいましぃぃぃ!!」
どちらも冷静でないことが発覚いたしました。
そしてその後は穏やかにお茶をして、次の約束をしてグランド様はお帰りになりました。
「お嬢様、あのグランド様がメロメロではないですか!おめでとうございます!」
「グランド様は多分クリオ公爵に負けたくなかっただけですわ。お互い冷静ではありませんでしたし…」
でも、本当に?グランド様は私を本当に好ましいと思ってくださっているのかしら…。いえいえ、現実を見なくてはダメですわ!
そして今日も、私は己の萌えを文章にするのです。素敵な殿方に取り合われるお姉さま…私、今日も絶好調ですわああああ!!