気分は断頭台の上なんだよ
ラトビア視点になります
人には、大なり小なり黒歴史があるでしょう。私の黒歴史は、特大ですわ。ちょっと前まで、私はそれはもう愚かで馬鹿な小娘でございました。今でも賢いとは言いがたいですが、以前の私よりはだいぶマシだと思っております。
わがままが当たり前だと思っておりましたの。相手がどのように考えるか、感じるかなど考えず、欲望のままにふるまっておりました。今それをふりかえると……本気で窓から身投げしたくなりますわ。
そんな私の転機は、お姉様…異界の姫様との出会いでした。あの出会いは…今思うと本気で土下座ものですわ。あんなに最悪な私の心配をしてサズドマ様に警護を頼むなんて…今の私にもお姉様と同じことができるかはわかりません。ですがお姉様と会話をするうちに…己がいかに利己的で傲慢で最悪かを理解するようになりました。男性も使用人も人間であり、意思がある。女性に従うのが当たり前ではないと…お姉様からそんな当たり前の事を教わりました。幼い頃は男女の隔てなく遊んでいたのに…いつそれを忘れてしまったのでしょうか。
以前の自分に猛省しつつ、お姉様のお手伝いに勤しむ日々。それは大変だったり上手くいかない時もありますが、やりがいのある毎日ですわ。
そんなある日、お姉様が縁談を持ってきてくださいました。正直全員と婚約破棄した私に縁談など…あまりよろしくない条件しか来ません。そもそも私は仕事を続けたいのですが、皆様そのお話をすると格下の家からも断られる始末。すっかり事故物件令嬢となりました。
しかし、お姉様はそんな私にとんでもない優良物件を紹介してしまわれたのです。
イシュト=グランド様。女性ならば知らぬ者はいない、孤高の氷薔薇様。頭脳明晰、眉目秀麗…私も馬鹿娘時代に声をかけ、見事に玉砕いたしました。あの冷たい瞳は忘れられません。当時は無礼だと大騒ぎしましたが、あれは常識のない私に非がございました。仕事中に声をかけた私が悪かったのです。
「副団長…イシュト様が是非お話ししたいからセッティングしてって頼まれたんだ」
あくまでもお姉様は気楽な席だからと申してくださいましたが、グランド様は団長夫人によからぬ輩がついていないか審査するおつもりやもしれません。
「このお話…お受けいたします」
私は今後もお姉様を補佐していきたい。これは避けて通れぬ壁にございましょう。私は誠意をもってお話しすることにいたしました。
屋敷は今後ないであろう良縁に歓喜いたしました。話し合いとは名ばかりで、実際は私の審査なのだと思いましたが皆の喜び様を見ていると言い出せませんでした。皆……ごめんなさい。
話し合い当日。落ち着かない私は時間よりかなり早くカフェに来てしまいました。店主にお願いして執筆していると……集中してしまい、うっかり時間を忘れてしまいました。
「さあ、どうぞ。お客様、お連れ様がおいでになりました」
ノックの音で愛と夢と理想の世界から一気に現実へ意識が戻っていきます。そして驚いた拍子にバサバサバサーっと書いていた物語の山が崩れました。慌てて時計を確認すると、待ち合わせの時刻です。
※慌てすぎたラトビアちゃんは、一時間見間違えました。
「えええええ!?もうこんな時間!?心の準備が…いや、片付け…し、しばしお待ちを!!」
慌てて片付けようとしたら、他の山も崩してしまいました。泣きたい。でも、これ以上お待たせするわけにもまいりません。かくなる上は隣室も借りてしまうしかないでしょうか。
「ラトビア嬢、私も手伝いますか?それとも下でのんびり紅茶でも飲みながらお待ちしていましょうか?」
なんとお優しいんですの!?天の助けとばかりにのんびりお待ちいただくことにしました。
「下でお待ちいただきたいですわ!申し訳ございません!」
「承知しました」
「では、下にご案内いたします」
ゆっくりと足音が離れていきました。安堵しましたが、のんびりしている時間はありません。原稿を順番通りに並べて紐で縛り、部屋のすみに隠しました。私のショールを上にかけたので、多分見えないはずですわ。
かなり頑張って片付けたのですが、量が量でしたから時間がかかってしまいました。今日の大仕事はこれからですわ。姿勢を正して深呼吸。お姉様を補佐するに足る女性としてグランド様に認めていただかねばなりません。
覚悟を決めて階下へおりると、グランド様が令嬢に声をかけられておりました。気持ちはわかりますわ。グランド様、綺麗ですものね。でも相手が悪すぎましてよ。あの令嬢は確か伯爵令嬢だったはず。グランド様が侯爵だと知らぬ貴族は多い。
店主は相手が貴族とわかっていながら令嬢に注意しました。この店主、本当にブレませんわ。それだけ自分の仕事に誇りを持っているのでしょう。
「お客様、申し訳ございません。他のお客様のご迷惑になりますゆえ「なんですって!?このわたくしが声をかけてあげたのですわよ!迷惑どころか名誉なことですわ!!」
店主は令嬢が怒りだしても真っ直ぐに見ていました。過去の私と令嬢が重なる。これはまずいですわ。この店は私のお気に入り。さらに、グランド様は私が原稿を崩さなければ令嬢に声をかけられることもなかったのです。私のせいで店に迷惑をかけたようなものですわ。
自分の行動には責任を取らねばなりません。私は以前の高慢で意地悪な私を思い出しました。背筋を伸ばし、堂々とした立ち居振る舞いをしてみせた。
「あら、わたくしのお客様に何かご用かしら?」
幸い相手も私を知っていたらしく、声をかけた途端にうろたえておりました。悪名高かったせいかしら。複雑ですわ。
「ら、ラトビア様!?ままままさか公爵令嬢様のお客様とは知らず…ももも申し訳ございませんでした!は、早く行くわよ!」
相手の男性もまずいと思ったようで、釣りはいらんとお金をテーブルに置いて逃げるように店から出て行きました。
「あらあら…店主、悪いことをしたかしら?」
とりあえずグランド様に絡むのさえやめてもらえればよかったのですが…出ていってしまいました。余計なことだったかしら?と店主に問いかけました。
「いえいえ、助かりましたよ。いやあ、しかし人生とはどうなるかわからないものですねぇ。まさかラトビア様に助けていただく日が来ようとは」
「うっ!?あ、あの時は私が悪かったですわ。反省してます。でも、貴方の信念は素晴らしいけれどもっとうまいやり方があるのではなくて?」
この店主、最近は以前の私の話でチクチク意地悪を言ってくるのです。まあ、以前は私があの令嬢と同じ立場だったことを考えると…確かに不思議ですわね。
それにしても店主が毎回この調子で、店は大丈夫なのでしょうか。いつか誰かに潰されるのではないでしょうか。
「耳が痛いですねぇ。でも、ぶっちゃけ僕は媚びへつらってワガママで迷惑な金払いがいい客をゲットするよりも、僕の紅茶とお菓子目当てで楽しんでくださる常連客を大事にしたいんですよ。それより、お連れ様がかれこれ20分お待ちですよ?」
「ぴっ!?」
し、しまったぁぁ!!お待たせしていたお客様を放置して何をしてますの、私!あああああ、どうしましょう!しかも20分も待たせてしまっていただなんて!!
「ラトビア嬢、イシュト=グランドです。本日は無理を言って申し訳ございません。本日を楽しみにしておりました。上に行ってもよろしいですか?」
「ひゃい!」
みぎゃああああああ!?グランド様の笑顔!は、初めて見ましたわ!!グランド様の素晴らしい笑顔で、私の頭は働かなくなりました。しかし、一つだけ重要なことは覚えておりました。
そして、個室に入ったと同時に土下座をいたしました。
「その節は、大変申し訳ありませんでしたああああ!!」
かつて、私はあの令嬢と変わらない事をいたしました。多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。それを全力で謝罪いたしました。