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 天をつく尖塔に、レンガ造りの街路。ごてごてと装飾がついたガス灯。道行く人々の服装も、男はフロック・コートに山高帽、女は膨らんだスカートに、縁の広い羽根飾りのついた帽子というスタイルだ。

 石畳の道には、蒸気エンジンつきの四輪車、異国風の動物に曳かせた荷車。路面馬車。

 何も知らなければ、十九世紀末のロンドンか、パリの街並みと思うだろう。

 しかし異なるところとして、レンガ積みの建物の間を、無数の蜘蛛の巣のように張り巡らせた蒸汽パイプが目立つ。

 ここは仮想現実ゲーム「蒸汽帝国」の世界だ。仮想現実ゲームは幾つもあるが、「蒸汽帝国」はその中で最もプレイ人口が多い。

 理由として、仮想現実ゲームでは草分けに近く、もともとは無料のフリーゲームとして公開された後、無数のプログラマーによりバージョン・アップを繰り返されてきたことがある。さらに同時翻訳アプリが付け加えられたので、世界中のプレイヤーが同時にプレイすることが可能になった。

 雑踏の中を、三人のプレイヤーが、物珍しそうに周囲を見回しながら歩いていた。

「良太、あんまりキョロキョロするなよ。素人だと思われるぞ」

 同じように辺りを見物している萩野谷が、自分のことは棚に上げ、良太に注意した。

 三人はゲームの世界観に合わせた衣装を身に着けた、キャラクターデザインをしていた。

 仮想現実ゲームには、ゲームごとのドレス・コードならぬ、プレイ・コードがある。ゲームの世界観が、戦国時代の日本なら、プレイヤーは侍や、忍者などのキャラクターで参加することが求められるし、中世ヨーロッパが舞台なら、騎士や吟遊詩人などの時代に即したキャラクターが選択される。

 萩野谷はシルクハットにフロック・コート、片眼鏡{モノクル}に口髭を蓄えている。右手にはステッキを握り締め、いかにも紳士然とした様子を取り繕っていた。

 中学生の良太は、いかにもこの時代の少年らしく、ニッカーボッカに長靴下、編み上げ靴にハンチングという格好だった。

 牧野もまた、貴婦人らしく膨らんだ足首まで隠れるスカートに、顔を覆うばかりに巨大な羽根飾り付きの帽子を被り、手には孔雀の羽根製の扇子を持っていた。牧野は意外と好奇心が旺盛らしく、しきりとオペラグラスを目に当て、あちこちを眺めている。

「凄いわねえ……。あたし仮想現実ゲームは初めてだけど、もっと早く体験すべきだったわ!」

 牧野は嬉し気な声を上げた。ぽっちゃりとした頬は、興奮で真っ赤に染まっていた。

 萩野谷は驚いたように、牧野を見詰めた。

「本当か? そりゃ、意外だな」

 良太は萩野谷と牧野の遣り取りに関心を示さず、前方を指さし叫んだ。

「萩野谷さん、あの建物がそうじゃないですか?」

 良太の指さした方向を萩野谷は眺め、顔を綻ばせた。

「うん、その通りだ」

 大通りの彼方に、ドームを頂いた巨大な建物が聳えていた。建物入り口には、七色のネオン・サインで「蒸汽帝国SFコンベンション」と日本語で掲げられている。

 ゲームの中で、看板や道路標示などの文字はすべて日本語だ。プレイヤーが日本人だと、見える文字は日本語に変換される。日本以外のプレイヤーは、出身国の原語で表示されるようになっていた。

 建物に近づくと、集まったプレイヤーの熱気が恐ろしいほど高まっていた。その間を、頭上に〝N〟の文字を浮かび上がらせたNPC{ノン・プレイヤー・キャラ}が忙し気に往来していた。ここに集まっているプレイヤーは、萩野谷が提唱したSF大会のために接続して来た者たちだ。そのため、プレイヤーの中には「蒸汽帝国」には相応しくないSF映画や、アニメのキャラクターを模したデザインでログオンしている者も多数いる。本来はプレイ・コードを順守するよう求められるのだが、今回に限りそのコードは大幅に緩められていた。

 建物の内部に入ると、仮想現実で一般的に使われる空間の変換が行われ、本来は体育館ほどの規模が、東京ドームほどの広大な空間に圧縮されていた。

 内部では〝N〟マークのNPCが俄然、多くなった。ゲームのプレイヤーが、自分のパートナーキャラを引き連れているからだ。二、三人ほどのパートナーキャラを連れているプレイヤーが大半だが、時折十数人ものパートナーを、ぞろぞろ引率しているプレイヤーもいて、会場はごった返している。

 女性のNPCパートナーと来場しているプレイヤーを、良太は羨ましそうに見送っているので、萩野谷はからかいの声を掛けた。

「良太君も、パートナーキャラを作成したらどうだ?」

 言われて良太は真っ赤になった。

「い、いやあ……僕なんか、ゲームの経験値が少ないんで、パートナー作成なんか、まだまだっすよ!」

 経験値が貯まると、このゲームではパートナーキャラが作成できる。経験値がお金代わりになるので、プレイヤーは必死になってゲームをやり込む必要があった。

 会場ではアニメや、特撮番組の同人誌、フィギアのデータ即売会が行われていて、あちこちで熱心なプレイヤーが必要な経験値を睨んで、どれを選ぼうか迷っていた。

「さて、運営委員会の会議室はどこかな?」

 萩野谷は会場をぐるりと見渡した。広大な会場の一画に、NPC警備員が立哨している場所があり、萩野谷は一つ頷くと牧野と良太に向き直った。

「あそこで運営委員会のメンバーが、俺たちを待っている。急ごう!」

 萩野谷は急ぎ足になり、牧野と良太も、慌ててその後を追った。

 NPC警備員は見張りの役目を果たせばよいので、簡単なキャラクターで出来ていた。目鼻立ちはどのNPCもそっくりで、三人が近づくと入り口をふさぐ格好になった。

「待て! この先は資格のある者しか通れません」

 警備員は抑揚のない、単調な口調で話し掛けた。萩野谷はステッキを持ち上げると、先端を警備員に向けた。ステッキの先端が輝きを放ち、警備員の態度ががらりと変わった。

「失礼しました。どうぞお通り下さい」

 警備員が左右に分かれ、出入り口を開けた。三人は問題なく、ドアを通過した。

 ドアが開くと、そこはエレベーターになっていて、階数表示は1Fと2Fのみになっている。萩野谷は躊躇いなく2Fのボタンを押した。エレベーターではあるが、仮想現実なので上昇する感覚はなかった。ランプが瞬き、やがて到着を知らせる「チン!」という、澄んだ鉦のような音が響いた。

 ドアが開き、運営委員会の部屋に三人は到着した。

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