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「嘘だろう……」
呟いたのは、確か軍事オタクと記憶している、仲間の一人だった。単なる軍事オタクならガッツ島へ送られることはなかったのだが、軍事娘擬人化オタクだったので、ロリコンだと判断されたのだ。ちなみに何を擬人化したのかというと、手榴弾、地雷、迫撃砲など個人装備を娘に擬人化するという、訳の分からない趣味だそうだ。
「ありゃ、シーウルフ級の原子力潜水艦だぞ! 何であんなもの、ここにあるんだ?」
潜水艦は、海上に巨体を浮かべると、甲板のハッチが開き、乗組員が次々と飛び出して来た。乗組員はテキパキと作業して、桟橋と甲板を繋ぐ乗船通路を確保した。見守っている僕らに、乗組員は大声で叫んだ。
「早く! 乗り込め!」
乗組員の叫びに、僕らはハッとなった。僕は慌てて、仲間たちを急き立てた。
「急げ!」
僕の言葉に、仲間のオタクは弾かれたように動き出し、潜水艦が渡した急造の乗船通路を走って乗船した。
僕は来夢を見た。
来夢は潜水艦を見詰めたまま、微動だにしない。僕は来夢に駆け寄り、肩を掴んだ。
「来夢! 早く乗り込め!」
来夢は肩に乗せた僕の手を荒々しく振り払い、激しく顔を左右に振った。
「嫌! こんなのに乗りたくない!」
「どうして? 東京へ帰りたくないのか?」
「だって……」
来夢は言い淀んだ。
その間にも、仲間のオタクたちは次々と通路を走って、潜水艦へ乗り込んで行く。乗り込むオタクたちを眺め、来夢は僕に叫んだ。
「あたし、オタクじゃないもん! あんなオタクたちと一緒に戻ったら、あたしだってオタクと思われちゃうじゃない!」
「あのねえ……」
僕は呆れた。
「君はもともとナデシコ島にいたわけじゃないか。つまりオタクとして捕まったんだ。今更、オタクじゃないと言ったって……」
その時、背後から慌ただしい足音が近づいてきた。何事かと振り向くと、美登里を先頭に〝妹〟たちがこちらへ駆け寄ってくる。
さらに〝妹〟たちの向こうに、戦っている赤田と朱美が近づいてきた。
朱美は次々と繰り出される赤田の拳を受け流し、時折パンチや蹴りで応戦している。その度、赤田は数メートルも後退するが、それでも諦めず、再び立ち上がり朱美に向かっていく。戦闘服モードの朱美に対等に戦っている赤田の戦闘力は、呆れるほど高い。さすがの朱美も、底無しの赤田の執念に持て余し気味のようだ。
僕は〝妹〟たちに叫んだ。
「みんな、乗り込め!」
〝妹〟たちは戦っている朱美と赤田を見て躊躇っている。僕はさらに声を励まし、命令した。
「あの二人は気にするな! 君らが乗船しないと、あいつが存分に戦えないんだ!」
僕の言葉で〝妹〟はようやく決心したようだった。全力で走り出し、桟橋から潜水艦へ飛び込んでいく。全員が潜水艦に乗り込むのを確認して、僕は朱美に振り返り、怒鳴った。
「さっさと終わらせろよ! いい加減に遊びの時間は終わりだ!」
僕の言葉に、朱美はきりっと振り向き、怒鳴り返した。
「うるせえ! オイラに命令すんな!」
赤田と戦っている朱美は、僕の見るところ、明らかに手加減している。もしも朱美が戦闘服の能力を全開放したら、完全に殺人と同じだ。さらにここまで対等に戦える相手は初めてなので、朱美はこの戦いに楽しみを見出しているのに違いなかった。
一瞬朱美の動きが停まって、赤田は好機と見たらしい。赤田は空中に飛び上がり、落下の勢いをかって朱美に殺到した。朱美はハッと上を見て、身構えた。
朱美の全身に力が入り、引き絞られた発条{ばね}が弾けるように、朱美は飛び上がった。
ぐわしゃーんっ! と恐ろしいほどの激突音が響き、赤田は仰向けに倒れ込んだ。今度は朱美は本気を出したのだろう。赤田は倒れたまま、微動だにしなかった。
くるくると空中で体を縮め、朱美は回転しながら地面に着地した。
ぽんぽん、とわざとらしく服に着いた埃をはたき、朱美は「ふんっ!」と決めポーズをとった。大股で僕に近づくと、一言。
「終わったぞ!」
僕は呆れかえって、近づく朱美を見ていた。
背後で倒れ込んでいる赤田が身動きし、よろよろと腕を地面につき、必死になって上体を起こした。
「明日辺!」
赤田は苦痛を堪え、僕に呼びかけた。
僕は驚きを隠せなかった。
身を起こす赤田は徐々に変身が終わり、盛り上がった筋肉、猛々しい表情が以前の状態に戻っていく。
プロティンが切れたのだ。
「明日辺! お前がどこに逃げても、俺たち突撃隊は追い掛けるぞ! オタクを一人残らずツッパリに変えるまで、俺は戦いを続ける! 聞いているか? 明日辺流可男! お前はどこに隠れても、指名手配される。そうだ、お前は一生、日陰者だ!」
赤田の長口上に、それまで潜水艦に隠れていたオタクたちが、そろそろと亀が首を伸ばすように、ハッチから頭を突き出した。
赤田はニヤリと笑い、ハッチから恐々外を眺めているオタクに向かって呼びかけた。
「お前らも同罪だ! 逃亡したオタクの名前は一人残らず把握している。お前たちも一生、まともな暮らしは出来ないだろう! 今なら間に合う。とっととそこから出て、自首するんだ!」
どすどすと足音を立て、朱美は潜水艦と桟橋を繋ぐ通路を歩くと、ハッチから顔を出しているオタクたちに怒鳴った。
「そこをどけ! 残りたい奴は残れ!」
オタクが朱美の勢いに首を引っ込めると、くるっと僕に向き直って叫んだ。
「流可男、お前は残るつもりか?」
そうだった。ボケっとしていたら、僕はまだ桟橋に残ったままだった。僕は全速力で桟橋から、潜水艦の甲板に飛び乗った。
飛び乗るついでに、僕は来夢の手首を掴み強引に潜水艦の甲板に連れて行った。
ハッチから来夢と一緒に船内に飛び込むと、〝妹〟たちがスーツのマスクを外し、素顔のまま勢ぞろいして僕を迎えた。
「お帰りなさい、〝お兄様〟」
代表して、美登里がにこやかに話し掛けて来た。
美登里、檸檬、蜜柑、アイリス、桃華。みな頬を染め、熱っぽい視線で僕を見詰めている。
朱美と来夢はその輪に加わらず、疑い深い目で潜水艦の内部を眺めていた。
七人の〝妹〟。
これからどうなるのか?
ガッツ島から逃れられたという喜びはあったが、同じくらいの不安が、僕を押しつぶそうとしていた。




