4
僕は来夢の手を引いて、朱美に付き従った。
何が起きているのかさっぱり理解できないが、取り合えず朱美についていった方が得だろう、という判断だ。
手を引いた来夢をちらっと眺めると、どうやら完全に感情がマヒしてしまったらしく、表情は強張ったように無表情で、やや俯き加減に、無言のまま、僕の手を振り払うこともなく歩いている。
僕は朱美に追いつくと、息を切らしながらも早口で質問を投げつけた。
「頼む! 何が起きているか、教えてくれ」
朱美はマスク越しの聞き取りにくい声で、僕に説明した。
「お前を救助しに来た。桟橋に船が待っている。ついでに、島に囚われているオタクたちも連れていく」
「おいおい、連れて行くって言っても、ここにいるオタクたちは百人以上いるんだぞ。そんな大きな船、どうやって用意できたんだ?」
朱美は「煩いな」と言わんばかりに、手を激しく動かした。何しろマスクが完全に顔を覆っているから、どんな表情をしているか想像するしかない。もっとも僕には、朱美の表情はありありと目に浮かんでいるが。
これから島の反対側に歩いていくのか、と思ってうんざりしたが、意外な近さに4WD車が停車しているのを見つけた。
運転席を覗きこむと、頭をツルツルに剃りあげた、四十代初めころの男が悠然と座っている。男は顔に真っ黒なサングラスを架け、僕が近づくとニヤリと歯をむき出した笑いを浮かべた。
「やあ、君が明日辺流可男君だな」
思わず「敵か?」と身構えたが、男はのっそりと運転席から出てくると、背後の朱美に頷いた。
「この車が必要と思ってな。後席に一人、片付けておいたから、後は頼む」
男の言葉に後席を見ると、ひとりの突撃隊員がぐったりと横たわっていた。恐る恐る顔を覗きこむと、何と阿久津洋祐だった。
「阿久津さん!」
僕の叫びに、男は首を傾げた。
「知り合いか?」
僕が無言で頷くと、男は初めて気が付いたと言いたげに肩をすくめた。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は釜飯屋。そこにいる真兼朱美君と、君を救い出しに来た仲間だ。そこの……」
と、横たわっている阿久津を指さした。
「突撃隊員は気絶しているだけだ。ほんのちょっとだけ、優しくなでただけだから、安心しろ。もう少し待てば、気が付くだろう」
近寄った朱美は、胸の校章に指先を触れた。朱美の身に着けている戦闘服が解除され、普段の真兼高校女子制服モードに戻り、朱美の素顔が現れた。
女子制服姿になった朱美は薄笑いを浮かべ、釜飯屋と名乗った男に話し掛けた。
「車を用意したのは感心だが、誰が運転するんだ?」
僕は思わず釜飯屋の顔を見詰めた。
「あんたじゃないのか?」
「俺は無理だ」
釜飯屋はサングラスを外した。外したサングラスの下から、白濁した両目が顕わになった。
釜飯屋は失明しているのだ。
「あたし、免許を持っているよ」
来夢が不貞腐れた様子で、自分から宣言した。
釜飯屋は破顔した。
「そりゃ都合がいい。よし、俺が助手席でいいな?」
答えも待たず、釜飯屋はさっさと助手席に座った。僕と朱美は、後席に両側のドアを開いて座り込んだ。ぐったりとなったままの阿久津は、僕と朱美に挟まれていた。
「行くよ!」
来夢が小さく叫び、乱暴に車を発進させた。来夢の運転は見かけによらず荒っぽく、アクセルを目いっぱいに踏み込み、急発進した4WD車の車輪が一瞬空転して、タイヤが地面を擦るゴムの焦げる匂いが漂った。
ガッツ島のほとんどが溶岩の冷え固まった地面で、当然のごとく舗装もなされていない。来夢の運転する4WD車は、凹凸の激しい地面を飛び跳ねるように走行した。
車内で僕と朱美は激しく揺すぶられ、真ん中に挟まれた阿久津の頭がぐらぐらと左右に振られた。揺すられた阿久津の頭が、ゴッツン、ゴッツンと、僕と朱美の頭に何度もぶつかってくる。
朱美は苛立った声を上げた。
「こいつ、どうにかならねえのか!」
阿久津はがっくりと天井を仰ぎ、ぐおーっ! ぐおーっ! 大鼾をかいていた。
「呑気な奴だ……」
朱美は諦めたように腕を組んだ。
助手席の釜飯屋は、来夢に向かって宥めるような口調で話し掛けた。
「おいおい、お嬢ちゃん、急ぐのはいいが、あんまり焦ると危なくないか?」
「黙ってよ!」
来夢は前を真っ直ぐ向いたまま、吐き捨てるように答えた。
「まったくもう……何がどうなっているのよ。ナデシコ島に送られたと思ったら、こんなガッツ島に連れて来られて、あたしが女オタクだなんて言い掛かりをつけられるなんて、もう、最悪よ!」
「おい」
朱美は僕に向き直った。
「あのブス、オタクじゃないのか? ナデシコ島に送られたんだろう?」
僕は朱美に耳打ちした。
「その話は後で頼む。ちょっと複雑なんだ」
僕の返事に、朱美は怒りの表情になった。朱美は僕が、返事をわざとはぐらかせたと思っているのだ。朱美の態度に、僕の我慢の限界が越えてしまった。僕は思わず叫んだ。
「朱美! いい加減にしろよ! 僕はいつまでもお前の召使いじゃないんだ!」
朱美は驚いたように、両目をひん剥いて僕を睨んだ。
「おい、流可男、お前変わったぞ。まるで別人だ!」
「えっ?」
僕は絶句した。
朱美はとどめの一撃を口にした。
「お前がそんなことをオイラに言うなんてな、まるでツッパリみたいだ!」
僕の背中に、氷柱のような悪寒が走った。
僕がツッパリ?




