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「流可男! 何、座り込んでやがるんだ? ぼやぼやしていると置いていくぞ!」
朱美は僕を見つけるなり、口早に怒鳴った。
僕は思わず涙ぐんでいた。
ああ、これだ、これ!
久しぶりに聞く朱美の怒鳴り声が、僕には染み渡るような懐かしさと、感動を全身に貫いていた。
僕は必死に声を張り上げた。
「動けない! この椅子に縛り付けられているんだ!」
「何だとお……」
朱美は素早く近づくと、僕の手足を拘束している拘禁具に目をとめた。無造作に腕を伸ばし、拘禁具を掴むと、ぐい! と引っ張り、引き千切った! そのまま僕の襟首を引っ掴み、無理やり立たせる。
「ねえ、何があったの? この人は誰?」
気が付くと来夢が両目から涙を溢れさせ、顔を真っ赤に染めて僕に叫んでいた。両目から噴き出した涙で、来夢の顔に塗りたくっていた化粧が落ち、完全なパンダ目になっていた。
朱美は不審げな表情になった。
「誰だ、このブスは?」
僕は急いで説明した。
「彼女は黒木来夢。僕の〝妹〟だ!」
朱美は一瞬、嘲笑うかのような表情になったが、すぐに真面目な顔を取り戻し、軽く頷いた。
「来るんだ!」
短く命じると、素早く身を翻し、濛々とした土埃の中に突っ込んだ。僕は来夢に顔だけねじ向け、叫んだ。
「聞いたろう、逃げよう!」
来夢は恐怖の表情のまま、激しくかぶりを振った。
「嫌! 行きたくない!」
僕は呆れた。
「なぜだ? ここにいちゃ、危ないぞ!」
来夢は完全に怖気づき、じりじりと後じさった。
「しょうがないな!」
僕は腕を伸ばし、来夢の手首を掴んだ。がっしりと来夢の手首を握り締め、遮二無二朱美の飛び込んだ土埃の中へ飛び込んだ。
立ち込める土埃で、辺りは殆ど見えない。だが、逆に僕の姿も、他からは見えないから都合がいい。
「朱美! どこだ?」
叫ぶと、前方から朱美の怒鳴り声が聞こえた。
「流可男、こっちだ! グズグズするな!」
声を頼りに、僕は来夢の手を引き、立ち込める埃の中を一歩、一歩、手探りで進んだ。
途中、突撃隊員らしき影を目撃したが、相手もこの上を下への大騒動で、僕らを気にする者は一人もいなかった。
足元は瓦礫の山で、うっかりすると足を取られ、すっ転んでしまいそうだった。逃げる間、来夢の手を離さないように気を配るので、結構骨が折れた。それでも頭を下げ、前方に進んでいくと、不意に視界が開け、立ち込める土埃が切れた。
気が付くと、僕らは建物の外にいた。
振り返ると、ガッツ島の突撃隊管理本部建物が、大きく破壊され、壁には大穴が開いているのが見えた。
なぜこんなに酷く建物が壊れたか、理由は明らかに朱美にある。なぜなら朱美は、真兼高校女子制服を、戦闘服モードにしていたからだ。戦闘服モードにすると、朱美の力は十倍、いや百倍にも増幅される。そうなるともはや、朱美は人間の範疇を超えてしまい、一種の怪物と化す。
普段から片手でパイナップルを握りつぶすほどの握力と、片腕で僕の体重を持ち上げるほどの腕力の持ち主だ。朱美の怪力が百倍に増幅されたら、それはもはや人間というよりは、戦車か、あるいは生きているダイナマイトと考えた方が正確だ。
その怪物的な力を存分に揮い、暴れまわったのだろう。頑丈なコンクリートの外壁は、朱美の怪力の前では砂で出来たように脆く、建物を支える鉄骨は、溶けた飴よりも柔らかなものとなって粉々に砕け散ったのだ。
考えていると、突然の大声に僕はギクリと固まった。
「明日辺~っ!」
大声の方向を見ると、赤田斗紀雄が両足を踏ん張った仁王立ちで、鬼瓦のような顔つきで僕を睨んでいた。
真っ白だったタンクトップは埃で薄汚れ、制帽はどこかに吹っ飛び、頭髪は剥き出しになっている。赤田の周りには、突撃隊員が同じくボロボロの状態になって、縋るような目つきで隊長を仰いでいる。
「貴様、逃げるつもりだな?」
ガラガラと瓦礫を踏みつけ、赤田は飛ぶような速足で近づいてきた。
僕は赤田の怒りの表情に、すっかり怖気づいてしまった。
すると朱美が素早く胸の校章に手を触れ、瞬時に戦闘服に変身すると、突進する赤田の正面に立ちはだかった。
戦闘服の表面色が真紅に変化し、まるで真っ赤な人型の炎が出現したようだった。
突然の邪魔者に赤田は驚き、立ち止まった。
「貴様、何者だ?」
朱美は無言で赤田に近づき、無造作な動きで片腕を突き上げた。呆気に取られた赤田は、何をするでもなく、ヒョイ、と朱美の両手で持ち上げられてしまった。
「うわっ!」
赤田が口にできたのは、それだけだった。
朱美は頭の上に差し上げた赤田の身体を、軽い動きで放り投げた。赤田の巨体が、軽く十メートル以上は吹っ飛んだ。
「ぐえっ!」
一瞬、絞め殺されそうな声を上げると、赤田は地面に投げ出され、悶絶してしまった。赤田が動かなくなると、近くにいた隊員たちはすっかり怯えてしまい、わらわらと蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。
「行くぞ!」
言葉短く、朱美はそれだけ呟くと、僕に手招きをして歩き出した。




