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「わたしを、ツッパリ演技で騙そうと思っているだろう?」
博士は繰り返した。
僕は答えることも出来ず、手足を拘束されたまま、椅子の上で凍り付いていた。
「実は君へのツッパリ洗脳は失敗して、本当はオタクのまま……。しかしツッパリ演技を続ければ、この島から出られると思っているんじゃないかね?」
博士は身を震わせ、くくくくく! と、引き攣るような笑い声を上げた。
ガチャリ! とドアが開く音が響いた。顔だけは僅かに動くので、首をねじ向けそっちを見ると、赤田に連れられ、黒木来夢が入室したところだった。赤田の背後には、数人の突撃隊員が控えている。
が、久しぶりに顔を合わせる来夢の外見は、以前とは全く違って、完全に変貌していた。
毒々しいばかりにコッテリとした化粧を顔に施し、髪の毛はピンクに染め、ジャンパーを羽織り、スカートは太ももをにょっきり露出した超ミニだった。濃いアイシャドウを塗りたくり、どういう趣味なのか真っ黒な口紅を差して、眉は三倍くらい太く描いていた。
まるで別人だった。
来夢はくねくねと身をよじらせ、真っ黒な唇を薄笑いの形に歪ませた。
「あらん! 流可男兄ちゃん、お久しぶりだっぺよ!」
僕は茫然として来夢を見詰めた。
これは演技ではない!
直感でそう感じた。
赤田は背を仰け反らせ、大声で笑った。
「わははははは! 驚いたろう? この黒木来夢という元女オタクは、免外礼博士の洗脳方式で、完全にツッパリに変身したのだ! 明日辺、お前もすぐこうなる!」
わざとらしく、博士は咳ばらいをして、ゆっくりと足を運んで僕に向かい合った。
もう一つのディスプレイを使って、監視カメラらしき映像を表示させた。
映像は、僕が突撃隊員に連れられ、博士の研究室に向かう場面だった。
僕が突撃隊員に向かい合い、脅しをかけている。突撃隊員は恐怖の表情を浮かべ、身を固まらせていた。
博士は上体を折り曲げ、僕に顔を近づけた。
「これが演技かね? 違う! 君はツッパリになりかけているんだ!」
言葉を僕の心に沁みこませるためか、博士は間を置くと、背を伸ばし、姿勢を戻した。
「君は未だにオタク趣味を保持していて、まだまだ本当のツッパリになっていない。が、それは表面だけだ。君の脳にはツッパリの性格が、完全に焼き込まれている。そうだよ、さっきの態度は君の中に生きているツッパリがそうさせているんだよ」
赤田は満足そうな笑みを浮かべ、来夢の肩をグワシッと掴んだ。
「この来夢も、最初は自分がツッパリではないと思い込んでいた。一度の洗脳では、まだ完全ではない! そうさ、完全な洗脳には一度だけでなく、二度必要なんだ」
「おいおい、赤田君。それはわたしのセリフだぞ!」
博士の言葉に、赤田は後頭部に手をやって「いっけねえ!」のポーズを取った。
博士は背をそびやかし、僕を身長百九十センチの高みから見下ろした。
「さっきも赤田君が言った通り、一度だけの洗脳では完全ではなかった。二回目の洗脳で、君は完全なツッパリになるんだ。君を今まで放置していたのは、潜伏しているツッパリ脳波を定着させるためだ。こうして君の潜在意識にツッパリ脳波が定着した今、二度目の洗脳で完全に変化させられる」
博士の両目が、爛々と光り出した。
HMDを取り出し、僕の頭上に翳した。
「これで二度目だ! この二度目の洗脳で、君は素晴らしいツッパリに変身する! わたしはこのツッパリ洗脳方式を完成させ、全国に普及させるつもりだ。さあ、明日辺君、真のツッパリになり給え!」
ゆっくりと、博士はHMDを僕に近づけた。
赤田は博士の背後で、プロティンの箱からガバガバと直接口に粉を放り込み、もぐもぐと口を動かしている。
僕の視界がHMDにより、完全に遮られる寸前、突然の振動が部屋を震わせた。
地震か?
博士は明らかに動揺し、僕に被せようとしたHMDを途中で止めた。
「何だ! 何が起きた?」
赤田が咆哮した。
ぐわあらりっ! と部屋の床が目に見えるほど斜めにかしいだ。
だだだっ! と慌ただしい足音が近づき、突撃隊員が部屋に乱入した。隊員は赤田に気づき、大急ぎで直立不動になると敬礼した。
「隊長殿! 報告! 何者かが島に侵入、収容所を襲撃、ここにも数名、襲撃者が乱入しております!」
「何ーっ!」
赤田は両目を一杯に見開き、怒号した。顔が見る見る紅潮し、身を鋭くひねると、隊員たちを引き連れ、足音高く部屋を出ていった。
免外礼博士は両手を激しく上下に振って、口を一杯に開いて怒鳴っていた。
「あり得ない! このガッツ島に侵入者だと? ここは本土から一千キロ離れておるのだぞ」
ずしん! と部屋が大きく揺れ、固定されていない計測機器が床を滑った。僕を拘束している椅子も、つーっと滑って、一方の壁にどすんと音を立ててぶち当たった。衝撃で、僕は気が遠くなった。
「きゃあーっ!」
来夢が悲鳴を上げ、床に横倒しになった。
いったい何が起きた?
まるで戦争が始まったかのようだ。
気が付くと博士の姿がなかった。
僕と来夢を残し、逃げ出したんだ。
しかも僕は椅子に縛り付けられ、身動きできない。
絶体絶命!
ふと耳を澄ませると、どかん、どかんと壁の向こうで、何かが衝突している音が響いている。
来夢は真っ青な顔になって、僕の椅子にしがみついてきた。
「どうなるの、あの音は何? あたしたち、死んじゃうの?」
僕は来夢の問い掛けには答えず、ただ音のする方向を見ているだけだった。
音がどんどん大きくなり、遂には巨大なハンマーが壁を叩いているかのように、一定のリズムで聞こえて来た。
僕の見詰める壁の真ん中に亀裂が走り、どーんと最後に爆発が起きたように四方に飛び散ってしまった。
ガラガラと崩れる瓦礫の中、真っ赤な全身を覆うスーツを身に着けた誰かが立っていた。
身長百五十センチの小柄な体格で、胸には見慣れた真兼高校の校章が光っていた。
その人物が胸の校章に指を触れると、顔を覆っていたマスクが瞬時に引っ込んだ。
真っ赤な髪の毛に、ピンク縁の眼鏡。卵型の完璧な顔に、アイドル顔負けの大きな瞳。
朱美だった。




