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僕は待ち続けた。
ガッツ島の狭苦しい独房の中、ひたすら待ち続けた。
免外礼博士が僕と黒木来夢に「ツッパリ波」の脳波を上書きし、僕らをオタクからツッパリに変えたと確信してから、僕はずーっとこの独房に入れられたまま、放っておかれた。
自分がツッパリになったのか、というと、全然そんな実感はなかった。
相変わらず僕の嗜好は、美少女や、ゲームや、アニメ作品を求めていた。独房では娯楽は一切なく、僕は監視の目を盗んで好きなアニメや、ゲームのキャラクターをこっそり落書きしていた。
徐々に僕は確信していた。
僕はツッパリに変えられてはいない!
だからこそ、僕は独房に閉じ込められたまま、解放されないのだ。
一日に三度、食事はきちんきちんと差し入れられ(割と食事の内容は普通だった)三日に一度は運動のため外に出される。
外と言っても、同じ狭苦しい囲いで、独房よりはちょっとだけ広めの場所に連れて来られる。そこは屋根はなく、日光を浴びることは出来た。まあ、囚人のための運動場、といったところだ。
こんな毎日が続くと、つい黒木来夢のことを思い返す。たった一度顔を合わせただけなのに、彼女の顔は僕の脳裏に刻み込まれていた。
これは他の〝妹〟、崎本美登里や、アイリス加藤。松野桃華、新山檸檬、蜜柑姉妹も同じだった。言うまでもなく佐々木藍里も。
何もすることがない生活は、常に僕の〝妹〟のことを考える──。
あっ──!
朱美を忘れていた!
しかし本当に朱美は藍里の言う通り、僕の〝妹〟なのか?
とてもそうは思えないが。
その日、いつものように、僕は隊員の監視のもと、独房から運動場へ移動している最中だった。
廊下に出たところで、僕らは別の隊員たちに呼び止められた。
「待て! そいつは明日辺流可男だな?」
呼び止めたのは上官らしく、監視の役目の隊員は素早く敬礼をした。
「はっ! その通りであります!」
「連れてこい。博士が調べたいことがあるそうだ」
上官の言葉に、僕は内心震えあがった。
もしかしたら、僕がツッパリになっていないことがバレたのかもしれない!
僕は平静を装い、わざと大股になって、足裏を床に引き摺るような歩き方になった。肩を揺すり、顎を突き出したツッパリ歩きだ。この歩き方は、真兼高校のツッパリが得意な歩き方で、真似るのは簡単だった。
連行する隊員が交代し、僕は荒っぽく促され歩き出した。背中を押され、僕はぐるっと相手を振り返り怒鳴り返した。
「何すんだっぺよ!」
僕の怒鳴り声に、隊員はびくっ、と飛び上がった。
あれ?
わざとツッパリを真似て「だっぺ」言葉を使ってみたが、こいつ本気で怖がっているのか?
まじまじと顔を覗きこむと、気のせいか青ざめているように見える。
へえー……。
こりゃ、面白い!
僕は肩を揺すり上げ、じろじろと相手の顔を見詰めてやった。わざと顔を近づけ、相手の目を覗きこむ。
高校でさんざん、僕に対しツッパリが取った態度だ。
「舐めんじゃねえぞ……」
思い切り、低い声を使って脅しをかける。
「はっ、はいっ!」
明らかに震えている。
突撃隊員はツッパリの中から選ばれると思ったが、どうやら違うらしい。僕のツッパリ演技に、すっかり騙されている。
僕は顎をしゃくって、隊員に案内するよう促した。
もしかしたら、免外礼博士に僕のツッパリ演技が通用するかもしれない……。
「こちらです……」
僕を案内した隊員は、背筋を突っ張らかせ、ギクシャクとした動きでドアを指し示した。明らかに、免外礼博士がHMDを使って、僕と来夢を実験材料とした部屋だ。
ドアを開き、部屋の中に踏み込むと、雑然と並べられた計測機器の間に、免外礼博士が背中を向けて立っていた。
僕が待っていると、博士はくるりと向きを変え僕に向き直った。
「やあ! 明日辺君か! どうだね、体調は変わりないかな?」
博士の口調は相変わらず上機嫌で、悪意などこれっぽっちも存在しないように聞こえる。しかしその本性は、僕に言わせれば悪魔の科学者だ。何しろ全国の非ツッパリを、強制的にツッパリに洗脳しようと企んでいるのだ。悪魔、というより狂気の科学者だ。
僕はツッパリの口調を真似て、答えた。もちろん「だっぺ」言葉だ。
「体調はいいべよ。いつまでオラをこの島に閉じ込めるつもりだっぺよ? ツッパリになったんだから、本土に帰すべきじゃねえのけ?」
「おーほっほっほっほっ……!」
僕の返事に、博士は赤道直下のジャングルで響く、ホエザルのような笑い声を立てた。
「中々、いいぞ……まさにツッパリそのものだな、明日辺君。さて、君の脳波を計らせてくれないかな?」
博士が手招きし、僕は唇をへの字にひん曲げ、「ツッパリが大いに臍を曲げている」という体で近づいた。
博士の横に、以前、僕が拘束されたと同じ椅子があって、脳波を計る機械が用意されていた。
僕が椅子に腰かけると、博士は手慣れた様子で手足の拘禁具を締め、脳波を計るキャップを僕の頭に被せた。
計測機器が働きだし、ディスプレイに僕の脳波らしき波形が描画された。
博士は鼻先をディスプレイにくっつけばかんに近づけ、熱心に波形に見入っていた。
「ふむふむ……思った通りだ……」
ニヤリと不気味な笑いを浮かべ、博士は僕に振り向いた。
「明日辺君、もしかしてわたしをツッパリ演技で騙そうと思ってはいないかな?」
僕は椅子の上で凍り付いた。




