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夜の駿河湾は静寂に包まれていた。
沖合に浮かぶ一隻のプレジャーボートに、釜飯屋は六人の〝妹〟を案内した。プレジャーボートを操縦するのは、朱美だった。心配するほかの〝妹〟たちに対し、朱美は「オイラに不可能はない!」と言い張り、舵輪を握った。
朱美曰く「操縦はネットで調べている」のだそうだ。
ボートには萩野谷、牧野、良太の三名は乗り組んでいない。三人には別の目的があって、都内で行動していた。
船内の明かりを消しているので、月明かりが頼りだった。釜飯屋は、明かりを消すことを煩く念押ししていた。
操縦席のGPSを見ながら、朱美は釜飯屋に怒鳴った。
「あんたの指示した座標はここだぞ! いい加減、これからの予定を話してくれてもいいだろう?」
釜飯屋は指先で、時計盤に触れることのできる、盲人用の時計で時刻を確かめていた。
「もう、そろそろだ」
朱美はむかっ腹を立て、文句を言った。
「だから、何でここで待たなければならないんだ? このままガッツ島へ、一直線に向かえばいいのに」
釜飯屋はニヤッと笑った。
「一千キロもあるというのにか? よせよせ、こんなボートでガッツ島まで行くなんて無理だ」
船端で海面を見詰めていた檸檬が叫んだ。
「あそこ、見て!」
檸檬の指さした方向を、全員が注目した。
ぺったりと凪いだ海面がむくむくと盛り上がり、水面下から巨大な物体が波を割って出現してきた。
円筒形の真っ黒な塊。
水面下に隠れている部分も含めれば、全長一〇〇メートルはありそうな、ずんぐりとした物体だった。海面を斜めに突き上げ、半分ほどが姿を見せたところで、先端部が再び落下し、巨大な波を周囲に蹴立てた。波高数メートルはありそうな寄せ波と、引き波がプレジャーボートを風呂場で遊ぶ、玩具の船のように揺さぶった。
蹴立てた波はざあああ! と、にわか雨のようにボートに降りかかった。
「わあ、全部びっしょりや! 着替え、持って来てへんのやで!」
アイリスが泣きそうな顔になって叫んだ。
「これじゃ、マンガの締め切りに間に合いそうにないわ!」
美登里が不機嫌な声を上げた。
姿を現したのは、潜水艦だった。
それもアメリカ海軍の、シーウルフ級原子力潜水艦。排水量九〇〇〇トン。潜航深度六〇〇メートルを誇る攻撃型原潜であった。
ようやく波も収まり、潜水艦は、鯨のような巨体を海上に横たえた。ハッチが開き、そこから次々と乗組員が飛び出してきて、甲板上に整列した。
司令塔から照明が灯り、ギラギラとした白光がまともにボートを照らした。
「朱美君、向こうから迎えが来るから、このまま待っていてくれ」
釜飯屋の言葉に、ボートを動かそうとした朱美は、舵輪から手を離した。
潜水艦甲板にボートが引き出され、どどどどっ! とモーターの音を響かせ近づいてきた。近づくと乗組員の顔が見分けられてきて、桃華は驚きの声を上げた。
「あの人たち、日本人?」
近づくボートに乗っている乗組員の顔つきは、どう見ても東洋人のものだった。年齢は釜飯屋と同じくらい。彼らはプレジャーボートに近づくと、満面の笑みを浮かべた。
「釜飯屋! 久しぶり!」
上がった声は、紛れもなく日本語だった。
訳が分からず、〝妹〟たちはお互い、顔を見合わせた。
戸惑っている〝妹〟たちに、釜飯屋は声を掛けた。
「さあさあ、早くあっちに移動しないと、見つかるぞ! 時間がないんだ」
朱美は素早く聞き返した。
「だれに見つかるというんだ?」
釜飯屋はそれには答えず、せかせかと急き立てた。
「いいから、その話は後だ!」
釜飯屋に促され、全員ぞろぞろと潜水艦側のボートに乗り込んだ。ボートと言っても大きさは十分で、全員が乗り込んでいても余裕があった。全員が乗り組んだ後、潜水艦の乗組員が一人、プレジャーボートに残った。エンジンが始動し、ボートは波を切って潜水艦へ戻っていった。
蜜柑は遠ざかるプレジャーボートを見送り心配そうな声を上げた。
「あれはどうなるの?」
釜飯屋は軽く答えた。
「大丈夫だ。潜水艦の乗組員が戻してくれる」
釜飯屋の言葉が終わると同時に、プレジャーボートのエンジンが始動し、舳先を回して本土へ移動し始めた。
移乗用のボートは潜水艦に近づき、朱美ら七人の〝妹〟たちは、乗組員の手を借りて、甲板上へ引き上げられた。ボートを収納し、一同はハッチに潜って、潜水艦内へ一人一人、案内された。
「なんだこれは!」
階段を下りた朱美は、呆れたように大声を上げた。
「これが原潜の内部か? 嘘だろう……」
潜水艦の内部は、がらんとしていて、まるで巨大なドラム缶の中に入ったみたいだった。時折テレビ番組や、ドキョメンタリー・ビデオなどで見かける、潜水艦内部とは大きく趣が違っていた。
「これは原潜じゃないですよ」
話し掛けてきたのは、四十がらみの、真っ黒に日焼けした男だった。海軍の制服を身に着けているが、どことなく着慣れていない様子だった。言ってみれば、海軍のコスプレをしている、と表現した方が近い。
男は気が付いたように、改まった口調で話し掛けた。
「ああ、この潜水艦〝アヴァロン〟の船長を務めている三上という者です。このアヴァロンは、通常動力型の潜水艦で、原子力は搭載していません」
朱美は馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「アヴァロン、なんて艦名の潜水艦、アメリカ海軍には存在しないぞ。オイラはこう見えて、ジューン年鑑を愛読しているからな」
三上は大きく頷いた。
「もちろんです。このアヴァロンは、アメリカ海軍の船ではないので」
朱美は唇をへの字に曲げた。気に入らないことがあるときの、朱美の癖だ。
「オイラにも判るよう、説明してくれ!」
朱美の要請に、三上は相好を崩した。よほど他人に説明を──いや、自慢か?──することが楽しいらしい。
「見てわかる通り、この潜水艦は、もともとアメリカ海軍のシーウルフ級原潜の、外側だけを利用しています。シーウルフ級原潜は三隻建造されていますが、四隻目の建造計画途中で、予算が削られ、三隻だけになりました。しかし外側だけは作られたので、わたしが密かに手を回し……まあ、横流しですな! をして、手に入れ、通常動力を搭載して動かしています。だから本来搭載されるべき様々な兵器、魚雷管だとか、ミサイルランチャー、アクティブ・ソナーなどは省かれているから、こうして広々しているんです」
朱美は納得したような声を上げた。
「なるほど、見つかったらまずい相手は、アメリカ海軍か! こんな潜水艦の存在が知られたらタダでは置かないからな」
釜飯屋が船内を見渡し、にこやかな口調で続けた。
「これだけ広ければ、ガッツ島とナデシコ島に収容されているオタクたちを救い出すには、充分だ!」
床から振動が伝わり、ディーゼル機関が立てる騒音が響いてきた。
三上は説明を続けた。
「今、海上にいるので、ディーゼル・エンジンで航行して、酸素を補給しています。エンジンで発電した電気が、十分、充電できたら、潜水してガッツ島に向かいます。潜水艦なら、気づかれずに接近できます」
朱美は一人頷いた。
「つまりあんたらは、海軍オタクってわけか。オイラたちの相棒としては、相応しいや!」




