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前方に見えてきたのは「マッド・マックス」という映画に出て来そうな、荒れ果てた町だった。すべてが埃っぽく、赤茶けた色合いで、建物はトタンの波板や、どこからか持ってきた木切れを組み合わせたバラックだ。
驚いたことに、この仮想現実には匂いすらあった。
僕の鼻が嗅ぎ分けた匂いは、人間の排泄物や、食べ物の匂い、飼育している家畜の匂いが混然として一種独特の臭気を漂わせている。
ゴミ溜めのような町並みには、同じく襤褸を身にまとった人間がうろつき、バイクを走らせる僕を険悪な表情で見送っていた。男も女も一様に痩せこけ、一目で栄養状態が最悪だと判る。
通りのあちらこちらには、スクラップ寸前……いや、すでにスクラップになった四輪車やバイクが放置され、建物の屋根からは煙突が突き出して無数の煙が立ち昇っていた。
どうやらメイン・ストリートらしき通りをそろそろとバイクを走らせていくと、前方に人影が見えてきた。
突撃隊員だ。
隊員は数人で通りを塞ぐように並び、僕を待ち受けている。手にはライフルや、機関銃──僕の記憶が確かならAK47とかいう、ロシア製の突撃銃だ──を持っていた。
「停まれ!」
突撃隊員の一人が手を挙げて僕を制止した。
僕はブレーキをかけ、バイクを停止させた。
「何者だ。名前は?」
突撃隊員は感情のない、平板な声で問い掛けて来た。
僕はバイクから降りて、突撃隊員に向かって答えた。
「僕は明日辺流可男。赤田斗紀雄はいるかい?」
僕の答えに、突撃隊員は戸惑う様子を見せ、お互いの顔を見合わせた。
「隊長殿のお知り合いでありますか?」
隊員の口調が、急に馬鹿丁寧なものになった。僕が気軽に赤田の名前を出したので、態度を急変させたのだろう。
僕は横柄に答えた。
「そうだ! さっさと案内しないと、君らの立場が悪くなるぞ!」
「はっ!」
隊員たちは直立不動になって、僕に敬礼をした。僕は赤田の答礼の仕方を真似して、敬礼に答えてやった。
案内する隊員と一緒に歩き出すと、一人が、僕のバイクを押して運んでくれる。周りにいる人間の目つきからして、僕が離れたら即、盗まれてしまいそうだったからちょっと安心だが、考えてみれば盗まれても、どうせ仮想現実の出来事だから心配する必要はなかった。
僕たちは町の中心部に歩いた。
中心部には、他と違い、少しはましな建物があった。漆喰づくりで、中近東によくあるようなデザインだった。
木の板の扉の前で、隊員たちは足を停め、僕を通すために両側に立った。僕は隊員たちの間を通って、扉を開け、中に入った。
中に入って僕は立ち竦んだ。
内部は意外に広く、外から見たよりははるかに大きい。仮想現実ではよくある手法で、空間を広げているのだ。映画「ハリー・ポッター」シリーズで、小さなテントの内部が、入ると広々としているという描写があったが、あんなものと思ってくれていい。
入ったところは三階ぶち抜きの吹き抜けで、曲がり階段が二階、三階に続いている。
ん? この建物の造り、見たことがあるぞ。そうだ! タイのアクション映画に、同じような場面があった。
確か「トム・ヤム・クン」というタイトルの映画だった。
「ようこそ! 明日辺流可男君! 君の可愛い〝妹〟を救出に来たんだな。歓迎するぞ」
出し抜けの大声に顔を上げると、三階部分の張り出しに赤田斗紀雄が傲然と立ち、僕を見降ろしていた。赤田の隣には、黒木来夢が不安そうな表情で立っていた。
僕は赤田を見上げ、叫んだ。
「僕の役割は何だ?」
赤田はニンマリと笑いを浮かべ、答えた。
「これは古典的な『姫を救う騎士物語』だよ。君は来夢君を救う、勇者ってわけだ。この仮想現実では、あらゆることが叶うのはもう体験したろう。君の才覚で、この建物を登ってきたまえ。途中、俺が用意した障害を潜り抜け、ここまで辿り着いたらハッピー・エンドってわけだ。簡単な話だろう?」
僕は苦り切った。
「じゃあ、ゲームか? 僕はあんたらの決めたゲームのプレイヤーってわけか」
赤田は仰け反って笑った。
「そうさ! 君はゲームは得意じゃないのか」
言い終わると、赤田は来夢の腕を取って、身を翻すと姿を消した。
僕は階段に向かって走り出した。
そうさ、僕はゲームは得意だ。
ところがこのゲームは、赤田がルールを決めて、僕はそのルールを推測しながらプレイしなければならないと来る。
階段を登って、二階部分の張り出しに達した時、第一の障害が姿を現した。




