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 段々判ってきた。

 佐々木藍里が、僕を〝お兄様〟と呼び、僕には七人の〝妹〟がいると言っていたのを。

 佐々木藍里、崎本美登里、アイリス加藤、新山檸檬、蜜柑の姉妹(姉妹は一つの魂を分け合っているから一人分)、松野桃華、そして考えたくもないが真兼朱美は、僕の〝妹〟という運命を持っている。

 今まで出現した〝妹〟は六人分。

 最後の〝妹〟が、目の前の黒木来夢なのだ。

〝妹〟は、僕が藍里によって〝お兄様〟として覚醒した後、こうして目と目と合わせることによって自覚する。自分が僕の〝妹〟だということを。

 例外は朱美一人で、未だに朱美は僕を召使いと言って憚らない。

 まあ、僕が子供のころからその関係はガッチリと固定されてしまったから、今更どうこうすることもできないが。

「〝お兄様〟だと? 今、そう言ったな!」

 博士は叫ぶと、大急ぎで機器を用意し、僕と来夢にヘルメットのような器具を頭に被せた。気忙しく博士はあちらこちら飛び回り、周囲の計測器具の電源を入れた。

 巨大なディスプレイに、僕と来夢の脳波らしき波形が現れた。二つの脳波は、赤と青に色分けされている。

「赤いのは流可男君。青いのは来夢君の脳波を現している。この部分を見たまえ!」

 博士は大声で叫ぶと、手にした指示棒でディスプレイをピシリと叩いた。

「この部分は二人とも共通で、オタクに特徴的な波形だ。わたしはこの波形を〝オタ波〟と呼んでいる。二次元のキャラに異常な恋愛感情を抱いたり、十八才以下の少女に性欲を憶えるロリコンも、同じような波形を見せる。しかし、こちらを見たまえ!」

 ディスプレイには緑色の波形が現れた。

「三番目の波形は、典型的なツッパリ、ヤンキーのものだ。この部分、特徴的な波形が出ている。わたしはこの部分の波形に〝ツッパリ波〟と名付けた。これがあるか、ないかで、その人間が正常なツッパリか、異常なオタクかが判るのだ!」

 博士は僕らに向き直り、ニヤリと笑った。

「さて、次にもう一人の波形をお目にかけよう。実に興味深いものが見られるはずだ」

 博士が機器を操作すると、四番目のオレンジ色の波形が現れた。

「このオレンジ色の波形、流可男君ならご存知の人物のものだ。誰か判るかね?」

 僕は即座に名前が頭に浮かび、叫んだ。

「阿久津さんじゃないのか?」

 博士は呵々と笑って答えた。

「その通り! 大正解。確かにこれは阿久津洋祐君の脳波だ。彼もまた頑固なロリコンで、この島に収容されてからも、こそこそ幼女の画像を隠れて描くのが見つかって、わたしに預けられたのだよ。わたしは彼にある治療を施した」

 博士が手元の計器を操作すると、オレンジ色の波形が緑色の波形に重なった。オレンジと緑色が重なり、重なった部分は明るい黄色になったが、徐々に緑色が支配的になり、オレンジ色の部分が侵食されていった。

 遂にオレンジ色は消えてなくなり、後に残ったのは緑色の波形だった。

「見たまえ、二つの波形はぴったり一致する! 以前のオタク脳波は消えてなくなり、後にはツッパリの脳波だけが残った」

 ある考えが浮かび、僕はぞっとなった。

「それって……」

「その通り!」

 僕の心を読んだかのように、免外礼博士は満面の笑みを浮かべ強く頷いた。

「阿久津洋祐君は、今や立派なツッパリだ! 彼の脳波をツッパリのものに書き換えることによって、新たな人格に生まれ変わったのだ! これこそ科学の成果だ。わたしはこの方式を全国に普及して、すべてのオタクをツッパリにしようと思う」

 博士の両目はキラキラと輝き「ケケケケケ!」と怪鳥のような笑い声を上げた。

 僕は阿久津洋祐の、感情を喪失した無表情な顔つきを思い出した。あれが正常な、ツッパリの表情とはとても思えなかった。

「しかるに」

 博士は再び講義を開始した。

「君らの脳波だが、実に奇妙だ。確かに君らには〝オタ波〟が強く発現しているが、見慣れない波形が出現している。ここだ!」

 博士はディスプレイを叩いた。

「奇妙だ。この波形は、わたしが今まで一度も目にしたことのない波形だ。それでさっき来夢君が口にした〝お兄様〟という言葉が問題になる……」

 博士は来夢に圧し掛かるように上体を折り曲げ、顔を近づけた。身動きのできない来夢は、必死に顔を背け、嫌悪の表情を浮かべた。

「確か、流可男君の関係している女の子たちも、同じような言葉を発していた。どうして流可男君が〝お兄様〟なのだろうね? わたしの知る限り、来夢君はたった今まで流可男君とは顔を合わせたことはなかったはずだ」

 来夢はボロボロと涙を流し、叫んだ。

「知らない! あたし、今までそこの流可男さんなんて会ったこともないし、見たこともない。でも、流可男さんを見た時、どういうわけか〝お兄様〟と叫んでいたの。あたしに何が起きているの?」

 ガックリと項垂れ、来夢はすすり泣いた。

 博士は薄笑いを浮かべ、囁くように話を続けた。

「面白い……実に興味深い。もしも流可男君がツッパリになったら、どうなるか? それでも君らは流可男君を〝お兄様〟と呼ぶようになるのか? それに来夢君もオタ女でなくなったら、同じような気持ちを保っていられるかどうか、それも是非知りたいものだ」

 最後の言葉に、来夢は驚きの表情を浮かべた。

「そうだよ、来夢君もまた変わるべきだ。わたしの処方が正しければ、君はこれから現実の男性を好きになる。二次元のキャラクターに恋愛感情を抱いた君は、朝露のように消えてなくなるだろう」

 来夢は叫び返した。

「嫌よ! そんなのあたしじゃない!」

 楽し気な笑みを浮かべ、博士は大股に歩くと、僕と来夢の頭にHMDを被せた。HMDのため、僕の視界は完全に塞がれてしまった。両耳を覆うヘッドフォンから、博士の声が聞こえてきた。

「さあ、これから君たちにツッパリの脳波を上書きする治療を開始する。これが終わったら、君たちは生まれ変わっているはずだ」

 博士の「治療」が始まった。

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