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 カシャッ!


 目の前に七、八才くらいの幼女の姿が映し出される。幼女は天真爛漫な笑みを浮かべ、可愛いポーズをとっている。


 カシャッ!


 画面が変わり、今度はもう少し年上の、すらりとした肢体の少女が現れる。


 カシャッ!


 今度はアニメのキャラだ。緑色の髪の毛に、零れ落ちそうな大きな目と、顔と同じくらいの巨大な胸をしたメイド服の少女だ。


 カシャッ!


 次に映し出されたのは、四十代後半のおばさんだ。だらしない体形で、でろんと下腹がつきだし、肌はシミだらけ。

 オエッ!

 思わず吐き気を催した時、僕の耳元で免外礼博士の声がした。

「これでテストは終了だ。器具を取り給え」

 それまで縛り付けられていた両腕の拘禁具が外れ、僕は自由になった腕を上げて、頭に被せられていたHMDを毟り取った。

 目を開けると、僕の頭上に、圧し掛かるように免外礼芳夫博士の、日本人離れした長身が視界に飛び込んだ。博士はメモを片手に、まるっきり無表情な顔で、僕を冷たい視線で見守っている。博士の目に浮かぶものは、完全に実験動物を見守る科学者の視線だ。

 博士はちょっと唇をすぼめ、頭を何度か振りながら呟いた。

「ふむ、面白い……君の反応は、通常のロリコンとは違っているね」

 僕の目の前に広がるのは殺風景な、狭い部屋だ。壁と床には一面にクッションが貼られ、部屋に連れて来られる人間が、不用意に体を打ち付け怪我がないようにされている。

 博士の隣には、仰々しいほどの計測機械が鎮座し、今までの僕の脳波を克明に記録していた。

 足を締め付けていた拘禁具も外され、僕は立ち上がった。

 僕が今まで拘束されていた椅子は、外からの遠隔操作で両足と、両手首の拘禁具が外れるようになっている。

 出入り口のドアに近づき、覗き窓のシャッターを開いて、免外礼博士は窓越しに声を張り上げた。

「終わったぞ!」

 ガチャガチャと騒々しく鍵が外れる音がして、突撃隊員の、無表情な顔がドアの向こうに現れた。

 隊員は僕の手首に手錠を掛けた。手錠には縄が付けられ、隊員は縄を握りしめると、無言で僕に向かってついて来るよう合図した。

 僕は大人しく、隊員の後に続いて部屋から出た。最後に博士もドアを潜った。

 部屋を出ると、そこは長々と続いた廊下になっている。廊下の両側には、先ほどまで僕が入れられたと同じような部屋が続き、ドアが列になって並んでいる。

 博士は歩きながら、僕に向かって話し掛けた。口調は快活で、今日の天気の話題のように平静だった。

「実に興味深い。君の反応は、典型的なロリコンとは違っている。君の電子データに残されたコレクションから判断すると、完全にキモオタ男子の脳波が観測されるはずなのだが、計測されたデータはそれを裏切っている」

 博士のセリフは毎回、同じだった。

 毎回と断ったのは、僕が管理本部に連れられてきて、これが毎日繰り返されていたからだ。

 先ほどまでの小部屋(異常嗜好患者のための拘禁室というのだそうだ)に連れて来られ、椅子に縛り付けられるとHMDを被せさせられる。HMDで見せられるのは、幼女の写真とか、アイドルの水着写真とか、アニメの一場面とか、あるいは不良映画のツッパリやヤンキーが殴り合いの喧嘩をしている場面とか……まれに四十代、五十代の熟女の裸(オエッ!)などを強制的に見せさせられる。

 それらを見ている僕の脳波を記録し、今まで逮捕したロリコン犯と比較検討し、研究しているのだそうだ。

 博士の言葉に、僕は毎回同じ問い掛けを繰り返した。

「典型的なロリコンじゃなきゃ、なんですか?」

 博士は唇をへの字に曲げ、難しい顔つきになった。

「判らんな……もっと分析をしなくては」

「もう、家に帰してくれませんか?」

 僕の訴えに、博士はニヤニヤ笑いで答えた。

「いやいや、そうはいかない。君は実に興味深い研究対象だ。結果を出すまで、それは無理だな」

 博士との毎回の遣り取りが終わるころ、僕は独房へ辿り着く。突撃隊員は全く同じ動きで独房の鍵を開き、僕を中へ押し込んだ。

 独房は奥行き三メートル、幅二メートルほどの狭い部屋で、家具は簡素なベッドと剥き出しのトイレ、小さな棚という粗末なものだ。

 独房の鉄格子越しに博士は声を掛ける。

「それでは明日、また始めよう」

 博士と突撃隊員は去り、僕は一人残された。

 ごろりと僕はベッドに仰向けになり、天井を見上げた。

 見上げる天井には、LEDライトが冷たい、硬質の光を投げかけている。廊下にも、この独房にも窓はなく、今が夜中なのか、昼間なのかさっぱり判らない。

 ライトが消灯されるので、それが夜の到来を告げるだけだ。毎食の時間で、何となく朝昼晩の区別になっている。あとは消灯の時間を待ち、眠りが救いの手を差し伸べるのを待つほか、僕には何もすることはない。

 こんなこと、いつまで続くのだろう。

 だが、今日は違っていた。

 ふと気づくと、香しい匂いが漂い、僕は何事かと起き上がった。

 鉄格子越しに、すらりとした痩身の女の子が立っている。亜麻色の髪の毛を複雑な形に結い上げ、卵型の完璧な顔に大きな瞳の持ち主。

 藍里だ!

 僕は弾かれたように立ち上がった。

「藍里!」

 呼びかけると、藍里は自分の唇に指先を押し当てた。何も言うな、という合図か?

──もうすぐあなたを救いに〝妹〟たちがやってきます──

 藍里の心の声が、僕の心にダイレクトに伝わってきた。

 多分、これがテレパシーとかいうやつだ。

 僕はこの奇跡に一切、驚きを感じなかった。藍里が関わってくるなら、テレパシーだって何だって当たり前だ、という覚悟が出来ていた。

 僕は藍里に向かって、心の中で訴えた。

──何で僕を見捨てた?──

 藍里はゆっくりとかぶりを振った。

──見捨てたのでありません。流可男さんが本当の自分に目覚めるためには、このガッツ島に来る必要があるのです。それに〝妹〟たちにも同じ理由で、流可男さんを救うために集結する必要がありました──

 僕は拗ねて見せた。

──何だ、その〝目覚め〟る必要がある、とは? 君は僕らをチェスの駒のように考えているんじゃないのか?──

 僕の訴えに、藍里は少し悲しそうな表情になった。藍里の表情に、僕は少しだけ後悔の念を憶えた。

──いずれわたしたち七人の〝妹〟が揃います。流可男さんをわたしたちがお救いする日も近いと思います。だから元気を出して待っていて下さい──

 藍里の姿は徐々に薄れ、背景に溶け込んでいった。

「待ってくれ!」

 僕は思わず、声に出してしまった。

 が、いうまでもなく、藍里の姿はどこを探してもなかった。

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