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「貴様っ! ガッツ島に送られて、まだ反省しないのかっ!」
突撃隊員の大声に、僕らは作業の手を止め、声の方向に一斉に顔をねじ向けた。
その日、朝から雨が降って、外での作業は中止になり室内での仕事になっていた。仕事と言っても、倉庫に山積みになっている資材を整理したり、数量を確認するという簡単な作業で、皆、無駄口をたたいたりして全体に弛緩した空気が漂っていた。
声の方向を見ると、阿久津洋祐が突撃隊員に羽交い絞めになり、もう一人の隊員が阿久津の手から一枚の紙きれを奪い去っていた。
「こんなのを描きやがって、お前、まだオタク根性が抜けていないな!」
阿久津は二人の突撃隊員に両脇をガッチリ固められ、ずるずると引きずられていった。阿久津の顔には真っ暗な絶望感が刻まれ、両目は恐怖で洞穴のように虚ろだった。
「あーあ阿久津さん、またやっちまったよ」
隣で僕と作業を続けていた男が、しょうがないな、という表情で呟いた。僕がその男に答えを促すように目顔で問い掛けると、小声で答えてくれた。
「阿久津さん、美少女のイラストを描くのが趣味でね、ここに送られる前は同人誌作家をしていたんだ。だからつい、自分の美少女キャラを落書きして、目を付けられていた。これで三度目だから、今度はもう、助からないな」
「助からないって、どういうこと?」
僕の疑問に、その男はぶるっと顔を震わせ、声を潜めた。
「教育的指導だよ……」
男の声音は、いかにも恐ろし気で、僕は背筋に寒気を感じた。彼は話を続けた。
「この島に免外礼って奴が赴任したのは、去年のことだ。それから矯正することが難しいと判断されたオタクを引っ張ってきて、教育的指導ってやつをやるんだよ。島のどこかに、特別な施設があるみたいだ。そこで引っ張られたオタクが、免外礼の考えたプログラムで再教育される」
じわじわと、僕にも男の恐怖が伝わってきた。僕の記憶に、二枚目面の免外礼博士の、のっぺりとした役者顔が浮かんできた。
「それで、引っ張られたやつはどうなるんだい?」
「判らない」
彼は顔を強く左右に振った。
「引っ張られた後、一人も戻って来やしない。噂ではツッパリに精神改造をされて、突撃隊員の一員になるってことだが、もしかしたら免外礼博士の人体実験材料にされるのかもしれない」
阿久津が姿を消して、しばらく囚人たちはビクビクして過ごした。次は誰だろうと、全員疑心暗鬼になっていた。他の囚人たちに聞いてみると、禁じられた〝萌え絵〟などをこっそり描いている囚人を密告すると、釈放時期が早まるという噂だった。
ガッツ島ではいわゆる「拷問」などの刑罰は存在しない。しかしオタクたちにとって、アニメやゲームが一切存在しない生活は、精神的な苦痛そのものだった。そのためこっそり、〝萌え絵〟を落書きするオタクもいた。
その後、一週間くらいしてからだった。
突然、突撃隊員が作業をしていた僕に近づくと、荒々しく命令を下した。
「明日辺流可男だな! ただちに同行せよ」
「へっ?」
僕は呆気に取られ、命令を下した突撃隊員の平べったい顔を見上げた。突撃隊員の顔には、何の感情も浮かんでいない。
「来るんだ!」
突撃隊員は繰り返すと、僕の腕を強引に掴み引き寄せた。気が付くと、僕の周囲には三人ばかりの隊員が取り囲み、険しい顔つきで僕が逃げ出さないよう警戒していた。
助けを求め、僕は狂おしく周囲を見回した。
だけど当たり前のことだが、誰も僕を助けようとはしない。皆、僕から目を逸らし、関りを持たないようにしている。
荒っぽく僕を引きずり、隊員たちは歩き出した。僕はどうしようもなく、隊員たちに引っ立てられた。
囚人たちの建物を通り過ぎると、隊員たちは外に停車している公用車に僕を乗せた。公用車は4DWタイプの荒れ地も走れる車両で、ごつごつとした固まった溶岩の上を走り出した。タイヤが凸凹した路面を噛み、僕はシートの上で荒っぽく振り回された。
公用車が向かったのは、ガッツ島の管理本部だった。近づくと、本土と連絡するためのアンテナが高くそびえているのが見えた。建物の近くには、電力を供給するための太陽電池パネルが並んでいた。
本部前に車は停まり、僕は隊員たちに腕を掴まれたまま、連行された。
管理本部の建物は初めて目にした。建物の場所は囚人たちは知っているし、そこに隊員たちが常駐していることも承知していたが、自分たちには関係がないと関心も持たなかったのである。
予想に反し、建物はどちらかというと、それほど小規模なものではなかった。ざっと見積もって、市庁舎ほどの大きさだ。内部はエアコンが効いていて、僕はほっと息をついた。
そのまま僕はエレベーターに乗せられ、上階へと向かった。階数表示は五階まで表示されていて、最上階でエレベーターは停止した。
エレベーターの扉が開き、僕は背中を押され一歩前へ進み出た。
そこは広々としたフロアになっていて、何かのオフィスのようだった。床は絨毯が敷き詰められ、壁には書類棚や、巨大なディスプレイが設置されている。
オフィスとはいえ個人が利用しているらしく、他に冷蔵庫とか、豪華なカウンター・バー、
観葉植物や、AVセットなどが備えられていた。
窓際には大きな紫檀のデスクが据え付けられ、その脇に一人の男が窓に向かって立っている。
こちらに背中を向けているので顔は見えないが、僕はすぐに人物の見当がついた。
突撃隊員のズボンに長靴、頭には制帽を被っている。さらには真っ白なタンクトップ姿。
こんな格好の男はたった一人。
赤田斗紀雄だった。




