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それまで双眼鏡を目に押し当てていた赤田斗紀雄は、顔から離して不満の表情を浮かべた。手にした端末画面には、一人の高校生男子の顔写真が表示されている。
「あいつ、本当に真兼高校の二年生、明日辺流可男か? 全然、人相が違っているぞ」
もう一度、赤田は端末画面に見入った。
画面に表示されている男子高校生は、肥満して顔色は悪く、牛乳瓶の底のような度の強い眼鏡を架けていた。だが、現在赤田が監視対象としている男子高校生は、背筋はまっすぐ伸び、肥満した兆候は欠片もなく、肝心のド近眼の眼鏡も架けていない。
同級生女子の通報を受け、赤田は突撃隊の隊員を引き連れ、真兼モールの吹き抜け二階部分に隠れ、見張っていたのだった。
二階の張り出しから身を乗り出し、赤田は一階を監視していた。待ち続け、階下のフロアにようやく現れた男子高校生の姿は、手配画面とは別人のようだった。
赤田の傍では、不機嫌さを絵に描いたような様子の女子高生が数人、手持ち無沙汰で待っていた。
新山姉妹の親衛隊を自称していた、真兼高校二年、三年の女子だった。
「間違いないよ。あいつが明日辺流可男だってことは、あたいらが保証する。あいつ、どういうわけか、一日であんなに痩せて近眼も治ったんだ」
彼女たちの憎々しい口調に、赤田は関心を示さずただ、「ふん!」と鼻息を漏らしただけだった。
軽い足音が近づき、もう一人の部下が息せき切った様子で駆けてきた。
「報告いたします! 異常嗜好容疑者の明日辺流可男の自宅を捜索した結果、仮想現実端末内部の記録に、発禁のデータが残されていることが明らかとなりました。幼女を描いた同人誌、フィギア、ゲーム、映像作品などを電子化し、隠匿していた模様であります!」
赤田は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「よし! これでいつでもあのオタ男子高校生を逮捕できる!」
再び階下に注意を向けた赤田は、グッと身を乗り出し、慌てて双眼鏡を目に押し当てた。
「待て! あの女が現れた!」
双眼鏡の視界に、髪の毛を複雑な形に編み上げた女の姿が飛び込んできた。
赤田は部下たちに合図をすると、速足でエスカレーターに向かった。突撃隊の出現に、その場の客たちは驚きの表情になって見送っていた。エスカレーターの降下速度にじれて、赤田は階段を二段一気にまたいで階下へ急いだ。
容疑者たちは、セルフサービスの喫茶コーナーに集まっている。
容疑者の明日辺流可男に、真っ赤な髪の毛をした美少女。この少女については情報がなかった。明日辺流可男には真兼朱美という婚約者がいることは判っているが、調査で手に入れた写真とは別の人物だ。この女の子についても、後で調べる必要があるだろう。
胸が大きく背の高い女は、マンガ家の崎本美登里だ。この女は幼女を主人公としたマンガを描いているので、要注意人物として監視の対象となっている。その傍にいるアフリカ系の少女は、アイリス加藤という名前の、日系アメリカ人だ。この少女は西荻窪のメイド喫茶で働いているところを目撃されている。
ショーの衣装のままの小柄な、一見小学生の少女に見える女は、判っている限りツッパリ、ヤンキーなどを狙って都内で暴行事件を起こしている。名前は松野桃華。要注意人物だ。
明日辺流可男の後ろにいる二人の少女。見たところ全く同じ顔の、一卵性双生児らしい。この二人は、通報した女生徒たちの証言によると、最近明日辺と急速に接近しているようだ。
そして赤田がもっとも注目している、髪の毛を複雑な形に編み上げた謎の女。メイド喫茶に強制捜査を仕掛けた時に、大量の容疑者を逃走させたのは間違いない。逃走の手段は今だ判明していないが、赤田は何としても解明するつもりだった。
近づくと例の女が長広舌を揮っていた。
「あなた方は流可男様の〝妹〟。なぜなら、この宇宙が開闢する以前から、魂の段階で結びあっていた絆なのです!」
なんだなんだ? まるで新興宗教の教祖が、信者に告げるような内容の話柄ではないか。
赤い髪の女の子が、顔をしかめ「神がかった話は苦手だ」と反論していた。赤田は速足で近づきながら、大声でその意見に賛意を示した。
「全くだ! お前ら何かの宗教団体じゃねえのか?」
赤田の大声に、流可男は驚愕の表情になった。赤田は流可男に対し、早口で叫んだ。
「お前が明日辺流可男だな! お前の自宅にある端末から、大量のロリコン漫画、ゲーム、美少女物の映像、同人誌のデータが見つかっている。異常嗜好罪で逮捕する!」
明日辺流可男の顔色が、見る見る蒼白になった。赤田は部下に頷き、合図を送った。
部下の一人が、樹脂製のシートを持って近づいてきた。赤田は流可男に向かって、吠えたてた。
「明日辺流可男、申し開きしたかったら、この〝踏み萌え絵〟を踏んでみろ!」
部下は流可男の目の前の床に、シートを置いた。シートには目の大きな、幼女のアニメ絵が描かれていた。
流可男は両目を見開き、眼下のシートを見詰めていた。その顔に大量の汗が、ねっとりと噴き出してきた。ぶるぶると全身を震わせ、流可男は足を上げ、靴底を〝踏み萌え絵〟に乗せようとしていた。
が、ぐらりとよろめき、がっくりと項垂れすすり泣いた。
「出来ない! 僕には出来ない!」
大股で赤田は流可男に近づき、手にした手錠を、勢いよく流可男の手首に嵌めた。ガッチャンという冷たい金属音に、赤田は陶然となった。流可男の顔を見ると、絶望の表情となっている。
赤田は流可男に、笑いながら大声で宣告した。
「諦めろ! 第一級のロリコン犯として、お前はガッツ島送りと決まった!」
流可男は今にも泣き出しそうな表情になり、必死になって周囲を見渡していた。
「藍里! 助けてくれ!」
赤田は鋭く流可男に質問した。
「誰だ、その名前は。あの女のことか?」
赤田も、髪の毛を編み上げた女の姿を求め、視線を素早く周囲に走らせた。
部下たちはその場から容疑者が逃走することを防ぐため、がっちりと半円形の布陣を取って固めている。
マンガ家の崎本美登里と、アシスタントの役目を務めているアイリス加藤は身を寄せ合い、席に座っている。編集者らしきずんぐりした青年は、蒼白な表情だ。
ショーの司会者の大倉美祢子という女はしきりと「ねえ、どうなっているの?」と意味のない質問を繰り返していた。
リームを演じた松野桃華は、いつでも反撃できるよう身構えていたが、多数に無勢、逃げられるわけがない。
双子の姉妹は、唇を震わせお互いの手をしっかりと握りしめていた。
赤い髪の毛と、ピンクの縁の眼鏡、という奇抜な格好の女の子は、ぶすっとした表情で立っている。
しかし……。
あの女の姿がなかった!
怒りに赤田は吠えた。
「あの女がいないぞ! 誰か逃げたところを見た奴はいるか?」
クタクタと流可男が全身から力を抜いて、その場にうずくまった。
「藍里……どこにいるんだ……?」
赤田は憮然と、しゃがみこんでいる流可男を見下した。
なんて意気地のない男だ。最後は女に頼ろうとするなんて、根性なんて言葉、こいつの辞書にはないんだろう。
こいつをガッツ島に送り、根性を入れてやる!




