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「ちょっと、あなた! 学校はどうしたの? 今日は日曜じゃないでしょう」
渋谷のスクランブル交差点前で、背後から出し抜けに声をかけられ、信号待ちをしていた松野桃華は「ああ、またか」と思わず舌打ちしてしまった。
振り向くとがっしりとした体つきの、中年の女が桃華を心配そうな表情で見ている。
「あなた、中学生? それとも小学生かな」
女はジロジロと桃華を頭のてっぺんから、つま先まで何度も確認して言葉を続けた。
桃華は無言でポケットから原付免許を取り出し、女に渡した。
女は桃華の差し出した免許証をじっくりと確認して、ぽかんと口を開いた。
「あんた、二十歳? 本当に?」
「ええ、あたしこう見えて、今年二十歳になります。ですから、ご心配なく!」
桃華は女から免許証を取り戻し、切り口上で答えた。女は何度も首を傾げ、桃華を振り返りながらその場を離れていった。
女は補導員なのだ。
桃華は繁華街で今のような補導員に声をかけられることが頻繁で、そのため筆記試験だけで取得できる原付免許を持ち歩いている。
顔写真と生年月日が明記されている免許証を見せれば、一発で納得させられる。
桃華は身長が低く、体形もほっそりとしていて顔は童顔だ。そのため初対面の相手は、大概中学生か小学生と誤解する。今まで桃華の年齢を正確に言い当てた相手は一人もいない。
それが桃華の悩みだ。
信号が変わり、スクランブル交差点に信号待ちをしていた人波が一斉に動き出した。
桃華は背が低く、頭が平均的な男性の胸にやっと届くくらいで、人波の間に埋もれるようにして歩き出した。
行き交う男性たちは、桃華の姿が視界に入ると瞬時に視線をそらした。
何しろ桃華は、誰がどう見ても、小中学生に見える。
この時世、小中学生の少女をまじまじと見つめるのは実に危険だった。その様子を第三者に目撃されたら、即座に「こいつロリコンだ!」と通報される。そうなったら社会的に抹殺され、まかり間違ったら強制収容所にぶちこまれる。
だから桃華には男性との恋愛経験はほとんどない。学生の頃はそれでも淡い初恋はあったが、相手の男子生徒は、周囲からロリコンと思われることを恐れて桃華から離れていった。
そんなことはどうでもいい。
桃華には恋愛より、大事な志があった。
交差点を渡り切り、桃華は目的の場所へたどり着いた。
目の前には変哲もない、古いビルがあった。小さめの入り口をくぐり、階段を昇って二階の事務所のドアの前に立った。ドアには小さなパネルが架かっていてそこには「俳優養成所」の文字が読み取れた。
桃華は女優志望だった。