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 放課後、真兼病院旧館を訪ねると、朱美は不機嫌そうな表情を顔いっぱいに湛え、何か作業を続けていた。

 顔には不機嫌そうな表情が張り付いていたが、それでも改めて見ると、息を呑むような美少女だ。真っ赤な髪の毛と、ピンク色の縁をした眼鏡が素っ頓狂な印象を与えるが、それでも掛け値なしの美少女に変身している朱美を目にすると、僕は正直に胸の高鳴りを抑えることが出来ない。

 もっとも外見は確かに美少女だが、中身はドSで、無慈悲で、自己中心身勝手な独裁者そのものだから油断はできない。

 朱美は入ってきた僕を見つけると、早速命令を下した。

「流可男、いいところへ来た。手伝え!」

「手伝うって、何を?」

 僕はドギマギして朱美に聞き返した。朱美は苛々と手を振り、周囲を指し示した。

「掃除だよ! こう散らかっていちゃ、研究や実験が出来やしない……。朝から片付けているんだが、全然、進まねえ……」

「え~~~っ! そっ、掃除だってえ!」

 僕は朱美の意外な言葉に、心底仰天していた。

 そのつもりで朱美の研究室を見渡すと、成程、いつもより床面が見えている。いつもは作りかけの発明品とか、科学雑誌、本、食べ散らかしたコンビニ弁当、カップ・ラーメン、数式などを書きなぐったメモの切れ端で隙間もなく埋まっている床が、僅かではあるが顔を覗かせている。

 僕の記憶が確かなら、朱美が旧館手術室を自分の研究室として使い始めてから、一度たりとも、掃除などしたことはないに違いない。

 母親の美佐子院長は、口喧しく朱美に「掃除をしなさい!」と言い聞かせているのだが、朱美は「今、研究に取り掛かっていて忙しい」とまったく取り合わなかった。

 それが自主的に朱美が掃除を思い立った。

 まさに驚天動地、空前絶後、前後不覚、一反木綿の出来事である。

 地震か何か、起きるのではないかと僕は心配になった。

「何、ボーっと突っ立っているんだ? 手伝え!」

「う、うん。判った……」

 朱美に急かされ、僕は慌てて腰を屈め目についたゴミを次々にゴミ袋に放り込んだ。

 しばらく無言で作業を続けていたが、僕は合間を縫って朱美に話し掛けた。

「なあ朱美、このところ僕らが経験していることは、妙な事ばかりだと思わないか」

 朱美は上目遣いになって、僕をジロリと睨んだ。

「何が言いたい?」

「い、いや、その……。変じゃないか。最初に僕に朱美が薬を注射して、僕が変身した。近視が治り、痩せて背も高くなって僕としては嬉しい限りだが、でもこんなこと普通はあり得ないはずだぞ」

 朱美は可愛い唇をぐいっとヒン曲げた。

「オイラの天才的な頭脳が産み出した薬の成果だ! そこがどう、変なんだ」

 僕は朱美を指さした。

「それに朱美だ! あの薬で朱美は百キロあった体重が半分以下になった。考えられないことだ。第一、あんなに体重が激減したら、皮膚が体重の減少に追いつかず、だらーんと垂れ下がってしまうはずだ。でも、朱美は元々その体重のように、皮膚はちゃんとなっているじゃないか」

 これには朱美はさすがに一言もなかった。

「そうだな。確かに妙だ……」

 僕はさっきの一件を朱美に細大漏らさず、報告した。

「新山姉妹に僕がデートを申し込んだ、ということもその一つだ。普段の僕だったら、絶対そんなことできやしない。たとえ申し込んだとしても、あの双子が即座に受けるなんてこともあり得ない! あり得ないことが次々に起きているのに、朱美は全く気にしていないのも、変だぞ。いつもの朱美なら、徹底的に原因を探るはずじゃないか」

 眼鏡の奥の、朱美の両目が驚きに一杯に見開かれた。両手を頭に持っていき、がしがしと髪の毛を掻きむしった。

「そうだ! 何でオイラは調べようとしなかったんだろう? まてよ」

 朱美は素早く動くと、ゴミの山から巨大なディスプレイを引っ張り出した。ごそごそとゴミの山に上半身を突っ込むと、今度はケーブルを引っ張り出し、ディスプレイに手早く接続を終えた。

 ディスプレイに電源が入ると、そこには朱美が僕にあの〝細胞賦活剤ブースタースパイス〟なる薬品を投与した場面が再現されていた。

 ぶっ太い注射を打たれ悶え苦しむ僕の姿に、僕はあの苦痛を思い出し身をすくませた。朱美はニタニタ笑いを口の端に浮かべ、両目をキラキラさせている。

 画面は進み、僕と朱美の対決場面になった。

 朱美は画面を停止させた。

「ここだ! よく見ろ!」

 朱美が叫ぶと、画面の中に髪の毛を複雑な形に編み上げた、すらりとしたスタイルの良い女の子の姿が映し出された。

 佐々木藍里だ。

「ここから先、オイラの記憶は消えている。録画も削除されていて、これ以降何があったのか判らねえ……。流可男、確かこの女はゲームのキャラクターだと言ったな?」

「あ、ああ……佐々木藍里。僕が〝蒸汽帝国〟というゲームでのパートナーだ」

 僕はゴクリと唾を呑み込んだ。

「もしかしたら総ての異常は、藍里が原因なのかもしれない。何だか、そう思えるんだ」

 朱美は「ヘッ」と笑った。

 この場合の笑いは否定の意味ではない。朱美は僕の意見に「我が意を得たり」という意味で、笑ったのだ。

「流可男の言葉が確かなら、ゲームという仮想の世界から、現実の世界へこの藍里というキャラクターは飛び出したことになる。なんでそんなこと可能になったかは、全くの謎だが、こいつが背後で何か仕出かしている可能性は大だな」

 徐々に僕は恐怖を感じていた。

「これからどうすればいい? これ以上、妙なことが起きるのは御免だぜ」

 朱美は僕を見上げた。グイッとばかりに身を乗り出し、僕に顔を近々とさせた。驚きに僕が身を反らせようとするのを、朱美は両手を伸ばし、僕の顔をグワシッと掴んで引き寄せる。

 まるでキスを迫られるようで、僕は我にもなくドキドキしてしまった。気のせいか、朱美の身体からは仄かに良い匂いがするようだ。

 いいや、気のせいだ!

「いいか、流可男。明日の新山姉妹とのデート、必ず実行するんだぞ。もしも、すっぽかしたら、絶対、承知しねえからな」

 意外な朱美の言葉に、僕は茫然となった。

「えっ、そ、それはどういうこと?」

 僕の顔から手を放し、朱美は両手をパシンと音を立てて打ち合わせた。

「オイラたちに起きている異常がその、藍里というやつの企みなら、双子とのデートもその一環だ。流可男がデートすることで異常事態が進行するなら、その先がはっきりする。だから流可男は双子とデートしなければならない!」

 朱美のブッ飛んだ論理について行けず、僕はクラクラと目眩すら覚えるほどだった。

 朱美はニヤッと笑って付け加えた。

「安心しろ。当日はオイラも流可男について行く。目立たないよう、流可男を見守ってやるからデートを楽しめ!」

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