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 集談館の建物に近づくと、建物の前面にそびえている巨大な像が視界に入ってくる。

 身長十メートルほどもある学生服を身に着けたロボットの像で、頭部は恐ろし気な顔つきの操縦席になっていた。

「銀河番長ガンガガン」のロボット像だ。

 集談館の誇る人気コミックに登場する有人操縦ロボットで、主人公の巌我岩ガンガガンはバンチョウ型ロボットを操縦して、銀河系の様々な星の番長を倒し、自らの番長連合を統率するという内容だ。

 コミックだけでなく、アニメ、ゲームのほか、スピン・アウトで小説や実写映画などにもなってありとあらゆるメディアで人気になっていた。もはや日本国内で「銀河番長ガンガガン」の名前を知らない少年少女は誰一人いなかった。

 ロボット像のまわりには、髪の毛をパンチ・パーマにし、裾を長くしたり、極端に短くしたりした改造学生服を身に着けた男たちが集まっていた。「銀河番長ガンガガン」は主人公が宇宙で一番の番長を目指す物語なので、ロボット像がある集談館ビル前の広場は、ツッパリや不良の〝聖地〟と化していた。学生たちはいかにも不良っぽく、ヤンキー座りをして何かダラダラと会話を続け、美登里が通り過ぎるとジロジロ眺めてきた。特に美登里の胸に当てる視線は、ねちっこく執拗だった。

 美登里は足を速めた。

 だからこの出版社に出向くのは気が重い。

 美登里はツッパリ、ヤンキーとかいう人種が好きではない。できれば一生、関わりたくはない。しかし表現の狭まった今、マンガ家が題材とできるのは、ツッパリ、ヤンキーなどの読者が喜ぶ格闘ものや、拳でしか会話を成り立たせられない、不良たちを主人公にしたストーリーだ。

 ロボット像を横目に見て、美登里は集談館のビルに入った。ロボット像を横切るとき、美登里は(心の中で)中指を立てたポーズで、通り過ぎた。中指を立てる、とは挑発を行うときのポーズで「いつかガンガンガンの人気を超えて見せる!」という美登里の無言の挑戦だった。

「銀河番長ガンガガン」の作者はペンネームで「紅蓮」とのみ表記し、正体は不明だった。男女の別すら、明らかにされず、集談館の最高機密となっている。美登里は何度か担当の編集者に、作者の「紅蓮」と会わせてくれるよう頼んだが、未だに面会の約束は叶えられていない。

 集談館ビルのエントランスを通り過ぎ、美登里は「少年マックス」の編集部へと移動した。編集部へはエントランスから通行証となるカードを使ってゲートをくぐる。エントランスは誰でも立ち入ることが出来るが、編集部へは通行証を持っていないと入り込めない。

 雑誌編集部はいつの時代も雑然として、編集部員の机には様々な資料や、書きかけの活字原稿、カットの切れ端、取材の写真素材が溢れるばかりに積み上がって何がどうなっているか、さっぱり判らなくなっている。雑誌の主体が紙から、電子書籍に移りつつある今でも、雑誌編集の仕事は基本的に紙媒体が主力になっている。壁には「ガンガガン」のポスターが所狭しと貼られていた。

 時間的に昼前ともあって、編集部は閑散としていた。

 美登里が編集部に入室すると、窓側の席で待っていた編集部員がさっと立ち上がり、急ぎ足で近づいてきた。Tシャツにジーパンというラフな格好で、徹夜明けなのか、うっすら髭が伸びている。

 固太りの身体に、ジャガイモに目鼻をつけたような顔をして満面に笑みを浮かべ歩み寄った。

 美登里がデビューした当時から担当についている神山という編集部員で、打ち合わせのために待機していたのだ。

 神山が近づくとき、一瞬自分の胸に視線を当てたことを美登里は意識したが、いつものことなので気にしない。逆に一切、自分の胸を見ようとしなかったら「どこか体調が悪いのじゃないか?」と心配になる。

「どうもどうも崎本先生、わざわざお越しくださいまして恐れ入ります」

 神山はバカ丁寧な口調で挨拶した。徹夜明けとは思えない、快活な態度だった。

 ぴょこぴょこと何度も頭を下げ、美登里を会議室へ案内した。

 神山は美登里が席に着くと、いそいそとコーヒーを淹れて持ってきた。

 美登里はコーヒーに口をつけつつ、持ってきたバッグからキャラクターを描いた原稿を取り出し、机に並べ始めた。

 新連載を予定している美登里のキャラクターで、真っ赤な髪に大きな瞳の、幼い顔立ちの可愛い少女キャラクターだ。セーラー服を身に着け、手足には防具を着用している。

 美登里の少女キャラは、ぺったんこの胸をした少年のような体型をしている。自身は巨乳なのに、美登里はそんなキャラは得意ではなかった。

 神山は伸び上がるようにして、上からまじまじとキャラクターを覗きこんだ。見詰める神山の顔が、苦渋に歪んだ。神山の顔色を見て、美登里は思わず問い掛けた。

「どうしたのよ、神山さん」

 神山はすまなそうな表情になり、美登里の真向かいに椅子を持ってくると座った。手を頭の後ろに持ってくると、かりかりと小刻みに掻いた。いかにも言い難そうだった。

「それが……まことに心苦しいのですが、このキャラクターでは連載は苦しいかと」

 神山の返答に、美登里はカッとなった。

「待ってよ! 神山さんとは、ずっと連絡してこの線でいきましょう、ということじゃないの?」

 新連載のためのキャラクター設定は重要で、神山と美登里は以前から通信端末を使って画像を遣り取りしていた。実際にキャラクターを持ち込むのは、最終的な確認にすぎない場合が多い。

「すみません!」

 神山はガックリと項垂れ、小さくなった。微かに顔を上げ、上目遣いになってぼそぼそとした口調で言い訳を始めた。

「実は青少年健全育成委員会より、新たな規制案が提出されまして」

「規制案? 設定で主人公は十八歳以上の成人でなければならない、というあれ? このキャラクターは高校三年生の十八歳という設定よ。どこが問題があるのよ!」

 青少年健全育成委員会はマンガ、アニメ、ゲームなど映像作品に次々と規制案を提出してきた。

 いわく登場人物は成人であること、未成年のキャラクターは禁止。性的な表現はハグにとどめ、キスは頬にする程度、唇と唇が触れるキスは禁止、などであった。

 なぜこのようなガチガチの規制がまかり通っているかというと、政府側の説明では「未成年が登場する過激な性表現を許すと、ロリコン犯罪を助長する」というものだった。ともかく朝比奈政権は、ロリコン撲滅を政府公約とし、血眼になって規制を厳しくしていた。

 そのとばっちりを食らったのが、崎本美登里を始めとする美少女キャラを得意とするクリエーターだった。

 神山は肩をすくめ、説明を続けた。

「新たな規制で、キャラの頭身を五頭身以上にしなければなりません。先生のキャラは四頭身なので、規制に引っかかります。それと顔に対する瞳の大きさも、7・5パーセント以内に留めなければならない、とされているんです。先生のキャラは、どう見ても十パーセント以上ですから」

 美登里は呆れかえり、天井を見上げた。

「どうすりゃいいのよ! 頭身を上げろって? 目を小さく描けって? 冗談じゃないわ! そんなのあたしのスタイルじゃないわ」

 規制に沿ったキャラにしようとすれば、絵柄を変えなくてはならない。しかしマンガ家にとって絵柄を変えるということは、死活問題でもある。マンガ家が絵柄をほいほい変えるなど、できる相談ではない。

「あのう……それで相談なんですが……」

 打って変わって、神山ががらりと口調を変え、話し掛けてきた。神山の態度に美登里は少し身構えた。

「何よ相談って」

 机の向こうの神山は座り直し、何か重大な提案を切り出すような顔つきになった。

 ははあ……、と美登里は思った。

 多分、これからが本題なのだ。

「崎本先生、そんなに国内の規制が嫌ですか?」

 神山は「国内」という言葉に、特に力をいれたようだった。美登里は「ふむ」と顎を引いた。

「神山さん、国内、ということは海外を考えろということ?」

 神山は晴れ晴れとした表情を浮かべた。

「そうです! さすが察しがいい。アジアや、欧米では日本のマンガが大人気なんですぜ。先生のマンガだって、翻訳されているのはご存知でしょう?」

 美登里は無言でうなずいた。確かに美登里のマンガは翻訳され、世界各地で読まれている。がそのことについては、翻訳の許可を与えただけで、あまり深くは関与していない。

「つまり国内は諦めて、海外向けに描けってこと?」

 美登里の言葉に神山はうなずいた。

「そうです。海外へのセッティングは、すべてこっちでやりますから、先生はただ、新作を描いてくれればいいんです。先生の描きたいマンガを、思い切り制約なしに描けるチャンスですよ」

 美登里は腕を組んだ。

 腕を組むと、美登里の巨大な胸がぐいっと押し上げられ、神山はちょっと顔を赤らめた。

「でもねえ、せっかく描いても、国内で誰も読んでくれないのは……」

 神山は美登里の胸から視線を「べりべりべり!」と音が出そうなくらい引き剥がし、急いで口を挟みこんだ。

「これは一時のことです! いつか元に戻れば、その時こそ、先生の描いたマンガを国内で発表できますって! その日まで、頑張りましょう!」

 美登里は考え込んでいた。

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