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 宇宙が開闢して百三十八億年後。

 地下鉄神保町駅の、地上出口から外を眺めた崎本美登里さきもとみどりは、いきなり視界に飛び込んできた朝比奈亜利紗あさひなありさ総理のでかでかとした垂れ幕を目にして、気分を悪くした。

 書泉グランデの壁一面に、朝比奈総理の全身像が垂れ幕となっている。憲政史上初の女性総理にして、伊藤博文以降、もっとも若年で首相に就任した朝比奈亜利紗は、就任して今年で十余年、冗談抜きで永遠に首相の地位に座り続けそうだった。

 首相に就任したのがなんと三十五歳のときだから、現在四十代後半という勘定だが、とてもそうは見えない。まだ三十代、と主張しても納得しそうな美貌だった。

 彫りが深く、目鼻立ちのハッキリとした顔立ちは、一見ハーフのような印象を与えるが、純粋な日本人だった。化粧は控えめで、艶のある黒髪と張りのある肌は輝くばかりだった。

 垂れ幕の朝比奈総理は、腰に軽く手を当てポーズを決めている。政界に入る前はモデルからタレントになり、女優活動を経て政治塾に入り、政治活動を始めたという。政治活動を始めた途端、圧倒的なカリスマ性を発揮し、たちまち支持率ナンバーワンとなり、自身の立ち上げた政党を率いて国会議席の三分の二を支配し、僅か三十五歳という若さで首相に就任した。

 美登里は朝比奈総理の笑みを浮かべた垂れ幕から視線を外した。正直、朝比奈政権は好きではない。というより、はっきりいうと嫌いだ!

 彼女は通りに面した商店の窓ガラスに自身の姿を映して、今日の自分を確認した。

 美登里の身長は百七十五センチ。長身で、手足が長く、さらに胸は誰もが驚くほど巨大で、他人に言わせると「バストに手足がついている」らしい。

 淡いピンクのワンピースに、細い両足は膝丈の黒いニーソックスで決めている。スタイルだけでなく、美登里は服装でも思い切り勝負をかけていた。

 うん! 合格……。

 美登里は自分の姿にひそかに満足を覚えた。

 神保町は出版社が集まっていて、書店も多い。神田古書街といえば、海外でも有名だ。美登里は今日、出版社を訪ねる目的をもって地下鉄を利用したのだ。肩下げのバッグには、本日出版社の編集に見せるための、マンガ原稿が入っている。

 崎本美登里はマンガ家だ。それも少年コミック誌に連載を持つ、人気マンガ家だった。

 本日新連載獲得のため、第一回の原稿を持ってきた美登里は、今日会う予定の男性編集者に好印象を与えるため、気合を入れてめかしこんできたのだ。もっともこの胸があれば、服装などかまわないでも男性の視線を釘付けにできるだろうが、それではあまりに見え透いていて逆効果になる。

 美登里は冷静に、自分の容姿に自信を持っている。マンガの実力は才能だが、容姿の良さは資産と考えている。だから相手に好印象を与えるため、おしゃれは欠かさない。もちろん、容姿だけで連載が獲得できるとは思っていない。しかし悪印象を与えるよりは、スムーズに仕事を獲得できるはずだ。

 彼女がマンガを描き始めたのは小学生のころで、雑誌に投稿し、デビューしたのはなんと中学生の時だった。以来人気マンガ家として活躍し、十七歳の今ではこの若さで中堅マンガとして通っている。

 それなのに出版社に自ら原稿を持って来訪するとは、まるで新人マンガ家のようだ。

 本当は自宅近くの喫茶店とか、ファミレスで気軽に打ち合わせするはずだったが、本日は相手の編集員の都合がつかず、こうしてわざわざ出版社へ足を運んだのだ。

 出版社への道すがら、通りのあちこちに朝比奈総理のポスターが、大小ベタベタと貼られているのを目にして、美登里は憂鬱な気分になってきた。

 大通りを、灰色の街宣車がゆっくりと走行してきた。街宣車からは甘ったるい音楽とともに、ねっとりとした女の声でアナウンスが流れてくる。

「あなたの大切な子供を、卑劣なロリコンの手から守りましょう。あなたの隣の怪しい人物が、ロリコンではないですか? もしそうなら、当局へ通告しましょう! 日本から、ロリコンを追放しましょう!」

 拡声器からエンドレスで流れる音声に、美登里は顔をしかめた。

 青少年健全育成委員会の街宣車だ!

 朝比奈総理肝いりの委員会で、熱狂的にロリコン狩りを行っている。委員会が活動するようになって、マンガは相当な制限を受けるようになった。最初は出版社を始めとする言論界は猛反発をしたが、国会の三分の二を握る朝比奈総理は憲法を改正、マンガ表現の大幅な制限を実施した。

 これが本格的な思想弾圧だったら、もっと言論界から強烈な反発があったろうが、マンガやアニメ、ゲームなどのポップ・カルチャーが標的だったため、結局なし崩し的に押し切られ、マンガ表現は大幅な表現規制を余儀なくされることになった。

 当然、美登里のようなマンガ家は不自由な表現の規制に苦しむことになる。委員会が設置されてから、美登里は自身の描くマンガにたびたびチェックが入り、いらだちを募らせていた。

 美登里は肩下げのバッグをひとつ揺すると、今日尋ねるべき出版社の建物に向かって歩き出した。

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