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旧館を飛び出し、僕は真兼病院新館へ急いだ。朱美の母親を探すためだ。朱美の母親は、真兼病院の院長を務めていた。父親は朱美が幼いころ死亡して、母親が一人で朱美を育てている。
新館の受付に駆け込み、事務方の女性たちに僕は急き込んで尋ねた。
「院長先生は?」
事務を執っていた事務員の女性は、僕の勢いに驚いて顔を上げ、口の動きだけで「お部屋に」と答えた。ついでに指を天井に向けて指さして見せる。
僕は一つ頷くと、階段を駆け上がり最上階の三階を目指した。
新館の一階、二階は病院の施設になっていて、三階は真兼家の居住区になっている。もっとも朱美は旧館でほとんど過ごしているから、今は母親が一人で暮らしている。
院長室とプレートが掛かっているドアをノックして、返事を待たずに僕は部屋へ踏み込んだ。
ドアを開けるとデスクの向こうで、何か書類をめくっていた院長の真兼美佐子が顔を上げた。
「あら、明日辺君」
院長の美佐子は僕を認め、顔をほころばせた。
ともかくも美人だ。
年齢はまだ四十代取っ掛かりで、院長というには若い。卵型の顔に、上品な目鼻立ちが整っている。目は大きすぎず、小さすぎず、鼻は大きすぎず、小さすぎず、唇も適当な大きさで、まあ、品の良い顔つきをしている。こんな美人から、どうして朱美のような怪物が生まれたのか首を傾げてしまう。
一つだけ朱美と院長の共通点として、燃えるような赤い髪の毛がある。どういうわけか、この二人の髪の毛は染めたように赤かった。
僕は美佐子院長の美しさに見とれる余裕もなく、早口で報告した。
「院長先生! 朱美が大変なんです!」
「朱美が?」
美佐子は微かに眉を寄せた。
僕はこれまでの経緯を一息に説明した。朱美が自分で調合した薬を注射したくだりになって、美佐子はガタンと音を立て、椅子から立ち上がった。
「自分で薬を? なんて馬鹿なことを!」
表情に怒りが差し上っていた。さすが朱美の母親だ。僕の拙い説明だけで、事態のただ事ではないことを直感したのだろう。
「流可男君、すぐ案内しなさい!」
「は、はいっ!」
僕は精いっぱいの声を上げて返事をすると、くるりと踵を返して先に立った。
院長は白衣を翻し、急ぎ足になって僕の後をついて来る。
新館を駆けていく僕たちを、院内のインターンや、看護師たちが呆れたような顔つきで見送った。
新館から旧館へ僕らは競争するかのように駆け込み、二人は争うように入り口をくぐって朱美の研究室を目指した。
研究室に踏み込み、美佐子はさっそく言葉を発した。
「朱美ったら、いつになったら部屋の掃除をするつもりかしら……」
それには全面的に賛意を表したいが、今は朱美の身体が心配だ。
あれ?
どうして僕は朱美の異変に、こんなに慌てているんだろう?
僕が用意した三脚に、ビデオカメラが録画中を示すランプを灯している。カメラの先に、何か見慣れない塊があった。
「朱美はどこにいるの?」
院長の質問に、僕はおそるおそる、塊を指し示した。カメラの位置からすると、朱美はそこにいるはずだ。
「どこよ!」
院長は苛立った声を上げた。僕の指さした先を見て、美佐子は「ん?」となった。
カメラレンズの先にある塊は、どことなくゼリーに似ていた。表面はてらてらとしていて、どってりと盛り上がっている。
僕と院長は、ゆっくりと塊に近づいた。
どろりとしたゼリーの中に、ぼんやりと人影が横たわっていた。
僕は腕を伸ばし、ゼリーの中に手を突っ込んだ。指先に手ごたえがあって、僕はぐいっと力を込めて、中から引っ張り出した。
僕の掴んだ先から右手が姿を現し、ついで腕が出現した。腕に続いて真兼高校女子制服を身に着けた、女の子の全身が姿を現した。
髪の毛は真っ赤で、ピンク色の縁をした眼鏡を架けている。
朱美?
が、とてもそうは思えなかった。
まず体重が違いすぎた。
僕の片腕だけでも引っ張り出せるくらいの体重で、おそらく四十キロもないだろう。朱美は百キロを越える巨体だ。
女の子はひとつ大きく息をつくと、ぱちぱちと瞬きをして僕らを見上げた。僕の隣の美佐子に目をやると、ぼんやりと呟いた。
「ママ? 何でここにいるんだ」
僕と院長は顔を見合わせた。美佐子院長はゼリーまみれになっている少女に声をかけた。
「あたしをママと呼ぶ、あなたは誰?」
女の子は怒りの表情になった。
「オイラが誰か判らないのか! あんたの娘の朱美だよ!」




