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「もうやめなさい」

 つかつかと藍里は歩み寄ると、僕と朱美の中間に立った。

 奇妙なことに、藍里は体のどこも濡れていない。激しい雨音は続いているから、どんな雨具を使っても体のどこかが濡れるのは防げないはずだ。しかし入ってきた藍里の髪の毛も、服も、一切濡れた様子はなく乾いたままだった。

「なんだ手前は、邪魔するな!」

 朱美はカッとなって怒鳴った。顔の半分を戦闘服の襟に覆われているので、声はややくぐもっている。

 藍里は平然と朱美に向かって答えた。

「あなたが暴れたら、この建物が崩壊する危険があります。そんなことになりたくはないでしょう?」

 朱美は慎重な口調になった。

「オイラの戦闘服の性能を知っているのか? こいつは流可男くらいしか、知っている奴はいねえぞ」

 藍里は答えず、ただにっこりと微笑んだだけだった。朱美は苛立ったのか、ズカズカと藍里に近づき、腕を上げた。

「どきな! オイラには決着をつける必要があるんだ」

 軽く振り払おうとしたのだろうが、藍里は朱美の腕をガッチリと掴んでしまった。

 朱美の顔に驚愕の表情が現れた。

 藍里の手を振り払おうと、朱美はぐっと足を踏ん張り、全身の力を込めている。朱美の戦闘服から低い「ギューン!」という振動音が聞こえてきた。戦闘服の筋力増幅装置が、最大限のパワーを発揮しているのだ。

 ところが藍里の腕は微動だにしない。

「もうやめなさい」

 藍里は静かに語りかけると、朱美の胸のバッジに触れた。

 途端に、朱美の戦闘服が通常の学生服に変化した。真っ赤だった表面の色が元に戻り、朱美の顔が顕わになった。

「信じられない」と言いたげな朱美の表情だった。朱美の戦闘服モードを解除するのは、朱美自身の生体認証でしか操作することはできないはずだった。

「お前は一体、何者だ?」

 朱美は藍里に掴まれていない手で、自分のピンク縁の眼鏡に触れた。

 眼鏡のレンズが変化し、縁の一部から細いレーザービームが発振して藍里の全身を一瞬で走査した。

 朱美の口があんぐりと大きく開かれた。眼鏡の奥の両目が、驚愕に目じりが裂けんばかりに見開かれている。

「お、お前は……お前は……こんなこと、有り得ない!」

 それは僕が初めて耳にした、朱美の恐怖の声だった。

「あなたにはしばらく、お休みになってもらいます」

 藍里は宣言すると、朱美の額に腕を掴んでいない片方の手のひらを押し当てた。

 途端に、くた! と朱美の膝から力が抜け、その場で座り込んでしまった。朱美の両目は白目になり、全身の力が抜けて横倒しに床に伸びてしまう。

 朱美が動かなくなったのを確認して、藍里は僕に向き直った。

 それまで僕は、一歩も動けなかった。

 いや、動こうという意思が働かなった。

 藍里は僕に向かい、微笑みを浮かべたまま静かな歩調で近づいてきた。

 僕の間近に、藍里の顔が接近した。もう僕の視界は藍里の顔しか存在しない。その時、僕は藍里の瞳が不思議な光をたたえていることを知った。もう、僕には藍里の瞳を見詰めていることしかできない。一瞬も視線を外せなかった。

 藍里の唇が動き、言葉を発した。

 が、藍里の言葉は僕の耳に届いたわけではなかった。藍里の言葉は、僕の脳裏に直接響いていた。

──目覚めなさい──

 さらに藍里の顔が近々と接近していた。このままでは僕の唇と、藍里の唇が触れてしまう。

 ついに藍里の唇が僕の唇に触れた。

 僕の記憶は、それで途絶えていた。

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