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 僕を引きずった朱美は、高校の敷地から外に出ると、真っ直ぐ真兼病院に向かった。目的地は旧館だ。

 高校の校舎から外に出た僕と朱美を、教室の窓から生徒たちが鈴なりになって見送っている。ただし誰一人、僕を拉致している朱美を制止しようという者はいない。朱美に逆らおうなどと考える者は、真兼高校には……いや、僕が暮らす真兼町には誰一人存在しない。

 いわば真兼朱美は、真兼町の絶対君主なのだ。

 ここで暫く、真兼朱美について詳しく述べていきたい。

 姓からわかる通り、朱美は真兼一族の一粒種だ。真兼一族は戦国時代から続く名家で、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と時の権力者に巧みに取り入り、領地を安堵されてきた。

 江戸時代が終わる幕末にも機敏に立ち回り、新政府が成立してからは真兼町を拠点として隠然とした勢力を保った。太平洋戦争敗戦後には病院経営に向かい、今でも町内では崇敬を受けている。

 真兼高校も真兼病院が新設した高校で、噂では朱美が町外へ通学するより目の届くところに置きたいという理由で、私費を投じて設置したという。

 病院にはそのくらいの財力はある。

 なぜ朱美を手元に置き、目が届く処へ置きたいか?

 それは朱美の特殊な事情による。

 朱美は超天才なのだ。

 小学生のころ知能検査を受けたのだが、その時の数値が信じられないほどの高さを示したという。何でもあまりに朱美の知能が高すぎ、通常の測定方法では測れないという結果が出た。推定値ではあるが、朱美の知能指数は軽く五百を越えるらしい。いや、そもそも朱美の知能は、人間の基準では測定不能だ。

 朱美が架けている特別な眼鏡は、朱美自身の手造りで、他に着用している女子制服も特殊な装備が隠されている。

 朱美の制服については後で述べる。

 ようやく朱美は僕を引きずり、真兼病院旧館に辿り着いた。

 僕の目の前に、明治時代に築かれたという病院旧館の建物が聳え立っていた。

 疑似ゴシック様式の建物は、ふんだんに細かな装飾が施され、やや灰色がかったコンクリートの壁面は、不気味な印象を放っている。

 のしかかるような旧館の建物は、僕を威圧するようだった。

 おりしも天気は曇り空で、今にも泣きだしそうな雲行きだ。

 いや、すでに泣き出していると訂正しよう。

 ポツリ、と僕の鼻の頭に、最初の雨粒が滴った。

 途端にザアアアッ! と篠突く雨が降りかかってくる。たちまちあたりは、白い霧が立ち込めたようになり、僕は全身ずぶ濡れになってしまった。

 僕の襟首を掴んだ朱美は、力を込めて建物の入り口へ放り投げた。たった一本の腕で、僕の身体を軽く放り投げる朱美の馬鹿力は強烈なものがある。その気になれば、朱美は腕一本で僕を軽々と釣り上げることも簡単だ。実際、何度も僕は朱美の片腕で釣り上げられた経験がある。

「グズグズしないで早く入れ!」

 朱美の命令に僕は唯々諾々と従い、入り口に寄りかかるようにしてドアを開いた。大きく開け離れたドアの内側に、僕は転げるように踏み込んだ。足元がガクガクと頼りなく、一歩一歩が大揺れに揺れている船の甲板を歩くようで、真っ直ぐ立っていることすら困難だった。

 開け放られた入り口に強烈な白光が走り、次の瞬間、

 グワラグワラビシャーンッ!

 という雷鳴が轟いた。

 僕はガタガタと震えながら、入り口にたたずんでいた。

 入ったすぐが大広間になっていて、高い天井、時代色を重ねた装飾、まっすぐ前が吹き抜けを突き抜ける階段が見えている。明治時代に建設された旧館の建物は、あまり病院という機能からは遠く、どちらかというと旧華族の建物のように見える。

 旧館の建物は病院としての時代にそぐわなくなって、今は新館がすべての業務をこなしていた。残された旧館は、朱美一人が使用していた。

 かつて外科病棟として使用されていた一画に、朱美の普段住んでいる部屋がある。大広間からすぐ右に曲がり、大きな観音開きのドアを開くと朱美の研究室だ。

 研究室は、まるで爆撃された瓦礫の山のような有様だった。

 ありとあらゆる箇所に作りかけの発明品、床には太いの、細いの、赤、青、黄色、白、黒、そしてその中間色、様々な模様に彩られたコードが這いまわり、途中に堆く書籍の山ができている。

 天井からは手術の時使用する無影灯が強烈な白光を投げかけ、僕の弱った視力を突き刺していた。

 部屋の中央には巨大なデスクが設置され、天板にはゴタゴタとありとあらゆる機械の部品だの、薬瓶だの、食べかけのバナナ、ピザ、ポテトチップ、カップ麺などの容器が散乱している。

 ドスドスと足音高く朱美はデスクに近づくと、荒々しく表面の雑多な物品を両腕で薙ぎ払って床に落とした。たちまちデスクの天板は何もない状態になり、朱美はぐいっと僕に向き直り高々と命令した。

「そこに寝ろ!」

「ど、どうするつもりなんだ?」

 イライラと朱美は地団太を踏み、説明した。

「決まってるだろ。今からお前の治療を開始する。お前にオイラ特製の細胞賦活剤ブースタースパイスを投与してやるから、大人しくそこへ寝ろと言っているんだ」

 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

「本気かい?」

 朱美は喚いた。

「当たり前だ! オイラの特製の薬は、死人でも即座に起き上がり、オリンピックの五種競技に優勝するくらいのスタミナとパワーを与えることが出来るんだ。お前の風邪なんか、あっという間に吹き飛ぶ!」

 僕はじりっと後じさりした。

「よ、よせ! 朱美、君は医者じゃないだろう。勝手なことはやめろ……」

 朱美の瞳に怒りが燃え上がった。

「オイラを疑うのか?」

 返事もせず、僕はくるりと朱美に背を向け、走り出した。

 まさに命あっての物種!

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